[#表紙(img/表紙.jpg)] 小松左京 怪奇SF 題 未 定 [#改ページ] [#この行1字下げ]〈読者各位──これは「題」ではありません。いつも作品の題には大変苦しみ、書き上げてからつけるのですが、今度は、締切りが来ても、どうにも適当な題が思いつけず、とうとう題未定のままに、連載をはじめてしまいました。何とも無様な話で申し訳ありません。次回までには、何とかひねり出すつもりですから、何とぞ御勘弁ねがいます。──筆者敬白〉  題 未 定  マイナス一回 [#改ページ]      1 「どうするんですよう……」  と、「週刊S」編集部のM君が鼻を鳴らした。──彼は好青年のくせに、何かというと鼻を鳴らす。あんまり若い女性などに鼻を鳴らしてもらった経験のない私としては、くすぐったいと言っていいのか、気持悪いと言っていいのか、何だか妙な感じだ。 「どうするったって──何も思いつかないからしようがないじゃないか」と、私は言った。「何しろこの暑さだ。思考能力ゼロにちかい。──連載の題なんて考えるよりも、海か山へ行って、ビールのジョッキ片手に、クジラの如く、あるいは大ダヌキの如く、腹を上《うわ》むけて惰眠《だみん》をむさぼるのにふさわしい時期だ」 「そんな事言ったって、もう締切りが来ちゃってるのに、どうするのよ……」 「しようがねえから、題はつけねえで、はじめちゃったらどうだ?──先例はないわけじゃない。昔々�題名のない映画�ってのがあった。おぼえてないか? |黛 敏郎《まゆずみとしろう》さんの�題名のない音楽会�ってのは有名だし、おれだって、十二年ほど前、べーやんこと、|桂 米朝《かつらべいちよう》師匠と、�題名の無い番組�ってのを、ラジオで四年半ほどやって、けっこう人気があったぜ……」 「だってさア……、映画やテレビやラジオならともかく、連載小説に題がないなんて、恰好《かつこう》がつかないじゃないのよ」 「そんな事ないさ。──何もそんなに、小説ばかりもったいぶって、特別あつかいするこたアない。和歌だって随筆だって詩だって、�無題�ってのはいくらでもあるよ。ベートーヴェンの�運命�だって、あれは第五交響楽原譜にちょっと書きこみがあった事から、まわりが勝手につけた一種の符牒《ふちよう》で……」 「あんな事ばっかり言って、逃げ口上はうまいんだから……」M君は今度は泣き声を出した。 「編集長に何と言おうかなあ」 「山崎の旦那かい?──いいって事よ。あの人は、古い馴染《なじ》みだ。あの広い、頭の後の方まであるおデコに、おれがキスするっていやあ、うんと言うさ」 「でも、あんまりふざけた事やると、読者が怒りますよ」と、M君はいよいよ奥の手を出して来た。「抗議の投書がくるのは眼に見えてら。──どうします?」  そのくらいの事で、たじろぐわけでもなかった。──何しろ、ひょんな事から、物書きの道にはいって十四、五年、M君よりは大分悪く年季がはいっている。その上、いつもいつも原稿に追いまくられる身で、たのしみといえば、若い編集者──といって、M君はそれほど若くもないのだが──をいびるぐらいしかない。あわれM君は、上方落語流に言えば、「暗剣殺《あんけんさつ》にむかいよった」わけである。  それに、実を言えば、暑さとオーバーワークによる過労──何しろ七月にはいってからずっと、平均睡眠時間四時間半という状態がつづいているのだ──に加えて、妙な夏風邪をひいてしまい、眼がくしゃくしゃして、ろくすっぽ字が読めない、という状態におちいっており、いくらおどかされたって、頭の中はがらんどうの感じで、何のアイデアもうかんでこない。勝手にしやがれ、と言いたい、半ばヤケクソの心境だったのだ。 「じゃ、まあ、その事は一度編集長に相談するとして……」M君は、鼻をくすんくすんいわせながらぶつぶつ言った。「せめてどんな話になるか、大体のあら筋を聞かせてくださいな──プロットはもうできてンでしょう?」 「うん、──まあね……」と私は咳《せき》ばらいした。「あー……それはまあ、秘中の秘だな……」 「そんなたよりない事言って──ほんとに考えてあるんでしょうね。�予告�はもう出ちゃいましたからね。�恐怖ユーモアSF�を書くなんて、読者にむかって大見得《おおみえ》切った以上、それらしいものをちゃんと書いてくれないと……」 「そんな�予告�なんて知らんぞ。──そっちで勝手に書いたんだろう」 「またそんなー──電話でちゃんと送稿して来たじゃありませんか……」 「そうだったかなあ……」私は首をひねった。 「そんな冗談ばっかり言ってないで、本気で�題�を考えてくださいよ、ねえ……」  とM君はまた鼻を鳴らす。 「そんな事言ったって、思いつかないものは……そうだ! とうとう、どたん場になるまで、題がきまらないで、ついに題のつけられないまま一回目の締切りがくる。これは君たちにとって�恐怖�そのものだろう」 「そんな──編集者を恐怖におとし入れたって、何にもなりませんよ」 「何とかもう少し、連載開始をのばしてもらうわけには行かんかねえ……」と、今度は、私の方が、�泣き落し用�に、鼻を鳴らしてみせた。「何だか知らないが、とにかく今は、最悪の事態がおせおせでかさなっちゃってるんだ。──新聞連載の方は休むわけに行かんし、八月、九月は、外国旅行をふくめて、はずすわけに行かん行事がめったやたらにあるし……気候は暑いし、風邪ひいちゃってるし、�日本沈没�の第二部は責められるし、わが家のゲバ猫は暑さで傷が化膿《かのう》してカサブタだらけになるし、新しくうまれたチビ猫は尻《しり》ぐせがわるくて、やたらに家の中のあちこちでクソをしやがるし……夏場、ムカデやゲジゲジは出るし……」 「関係ないでしょ」 「そうだ!──いっそ、おれが死んだ事にしたらどうだろう?……君たちも、おれが死んだと思ったら気が楽だろう? 死んだやつから、原稿をとれるわけはないんだから、そう思えばアキラメもつく……」 「だめですよ。その手はもうききませんよ」M君は突然いやにきっぱりと、�男性的�な口調で言った。「そんな事言って、連載開始をもう四カ月ものばしてきたんだから……」 「じゃ──そうだ、突然、枕も上らぬ大病になるてのはどうだ? 知り合いの医者がいるから、診断書を書かせて……等々力《とどろき》の先生だって、病気になりゃあ、人道上どうにもしようがないんだし……な、そうしようよ。『週刊S』の方には、ちゃんと�おことわり�を出して……何もおれの短期連載がなくたって、『週刊S』が発行できなくなるわけじゃなし、老舗《しにせ》の大出版社がつぶれるわけじゃなし……」 「そりゃ、本当に病気になったんならしかたがないですよ。だけど──病気という事にしといても、小松さん、本当におとなしくしますか?──生ビール、飲みにでかけませんか?」  のどが、反射的にごくりとなった。 「飲む……」  と、私は舌なめずりして答えた。 「大阪のキタや銀座のバーや、祇園《ぎおん》のお茶屋に、ふらふらと出かけたりしませんか?」 「うう……」私はうめいた。「まあ……時々は……」 「星新一さん、筒井康隆さん、豊田有恒さん、田中光二さんなんてSF仲間に、�満天下の恥さらし�と言われている、あのSF作家のムチャクチャ、デタラメ麻雀にさそわれたら?」 「まあ、やっぱし……時と場合によっては……」  自分の声が、蚊の鳴くように小さくなって行くのが感じられた。とうとう私は、畳のケバ──があいにく無かったので、よれよれの浴衣《ゆかた》からむき出しになった脛《すね》の毛をむしりながら、気弱くつぶやいた。 「やっぱり死んだ事にしようかなあ……。死んだ事にして、今和上《こんわじよう》か寺内大吉師のもとで、ほんの二カ月ほど、夏の終るまで出家|遁世《とんせい》……」 「そんなに死にたきゃ、よござんすよ。どうぞ死んでくださいよ。だけど、死んだからって、原稿書かないですむと思ったらだめよ」  M君は、にわかにすごみのある形相になって、にったり笑う。──何やら背筋がぞっと寒くなるような笑顔だ。 「出版社の力をナメちゃいけませんよ。このごろじゃ、地獄の一丁目一番地にも支社ができてて、三途河《しようずか》の婆さんにまでちゃんとつけとどけがまわってるのよ。もうじき賽《さい》の河原に新社屋だってできるし……川端康成だって三島由紀夫だって、シェークスピアだってホメロスだって、原稿とろうと思ったら、手をまわしてとれるんですよ。それをしないのは、死者に対する礼節で、そっとしてあるだけ……。だけど、先生が死んだらそうはいきませんからね。三途《さんず》の河の手前で鬼にたのんでカン詰めにして、毎週毎週、びしびしとりたてますからね」 「畜生! 鬼! 人でなし! 悪魔! 編集者!」  私は恐怖と絶望にかられて、傍《そば》の湯呑みを──と思ったが、これが萩焼《はぎや》きでちょっと高価だったので、かわりにカサブタだらけの猫をつかんで投げつけた。 「ああ死んでやる! 新聞社に電話して、明日の朝刊の早版に間にあうように死んでやるからな!──ああ、死んでやるとも。すぐ死ぬ。今死ぬ!」  最後の方は何だか筒井康隆調になったが──まったくこれでは「恐怖ユーモアSF」なるものは、「SF作家が恐怖にかられてしでかす滑稽《こつけい》」になってしまいそうだった。      2  それにしても弱った。  体の調子もあったが、何しろこれほど締切り間際になって、何一つアイデアが浮んでこない、というのも珍しい。  原稿用紙を前にして、何時間も呆然としているのだが、作品の構想はおろか、題名さえ浮んでこないのである。  セブンスターの買い置きを全部吸い終り、麦茶をポット二つ分飲みほし、便所に一ダースほど行き、鼻毛をことごとくぬいてしまい、ついに灰皿に山盛りになった吸い殻に手をのばし、再び鼻毛をぬこうとしたが、もはや一本も残っていなかったので、脛の毛をむしりかけた時、焦躁《しようそう》のあまり突然体の中がカッと熱くなって、気が狂ったような気分になって来た。  斯道《しどう》の先輩吉行淳之介さんでも、こういう時は、天井裏をさがしたら「小説の書き方」や「アイデア集」といった本がかくしてないかと、切ない妄想にとらわれる、という。私もこういう切羽《せつぱ》つまった時には、しばしば同じような妄想にかられて、家の中を眼をぎらぎらさせて歩きまわり、やがて書庫へとびこむ事になる。書庫につめこまれた万巻のガラクタ本の背表紙を見ているうちに、何か作品の構想なり、題名なりが天啓の如く閃《ひらめ》くのではないか、というあてのない想いにかられ、眼を血走らせてかび臭い本の背を睥睨《へいげい》するのだが……これも、いつもの通り、最後にはマンガ本に眼が行ってしまい、山上たつひこの「がきデカ」を六巻と「快僧のざらし」をウヒウヒ読み、どおくまんの「嗚呼《ああ》! 花の応援団」三巻にクエッ、クエッ、クエッと笑いころげ、さらに赤塚不二夫のなつかしい「天才バカボン」を、次から次へとひっぱり出して──後頭部には、カチカチと非情に秒を刻む時計があって、締切り時間が刻々とせまるのが感じられて、顔面は痙攣《けいれん》的に笑いの発作に歪みながら、気分はますます狂気じみたものになって来た。  ふたたび書斎にもどって、白々とした原稿用紙を前にして坐ったが、頭の中は、かっと熱くなっているだけで、相変らずアイデアのア、題名のダもうかんでこない。  じっと原稿用紙をにらんでいると、脳味噌《のうみそ》からたらたらと脂汗《あぶらあせ》が流れおちるのが感じられた。──それをぬぐおうとすると、かちかちに凝《こ》っていた脳が、ぐぎっ、といやな音をたてて、脳捻転《のうねんてん》になってしまった。あわててなおそうとすると、脳の|しわ《ヽヽ》と|しわ《ヽヽ》が妙な具合にくっついて、バチバチッとショートした。二箇所でショートしたから、ショート・ショートのアイデアはうかんだが、連載長篇のアイデアは相変らずうかばない。  最後の手段として、星新一さんの所へ電話をしてみる。──SF作家同士の電話でバカ話すると、意外にその間にアイデアがうかぶのである。  東京の星さんの家へ電話してみたが、留守でテープがまわる。一家で伊豆の別荘へ行っているという。チクショー! いいなあ……。つづいて神戸の筒井さんの所へ電話してみると、奥さんが出て来て、午後九時前だというのに、もう寝てる、と言う。何でも前日、生島治郎、黒鉄《くろがね》ヒロシ両氏が来て、泊って、朝までドンチャンさわぎしたので、つかれて早く寝たのだと言う。ハードボイルド作家と、「赤兵衛」の作者の漫画家が、なぜSF作家必死のブレーン・ストーミングを邪魔するのか? うぬ! しかたがないから、同じ神戸の田辺聖子さんの所へかけてみようか、と思ったが、お聖さん女史、このごろ、�M小説�という最近芸能人とイザコザをおこした雑誌に、小生と筒井氏を実名で登場させた未来小説(驚クナカレ!)を連載しており、中で出てくる藤本義一ちゃんや五木寛之はかっこいいのに、「小松ちゃん」「筒井さん」は、何ともメチャクチャに書かれているのを思い出して、うかつにアイデアおまへんか、などと聞くと、また面白がってネタにされそうなので思いとどまる。何しろお聖さん、カモカのおっちゃんが飲みすぎで胃をこわして入院中とかで、刺激不足らしいから、うかつな電話をしたら、面白がって、何を書かれるかわからない。  そんなわけで、電話ブレーン・ストーミングもだめ……。ついに万策つきて、 [#この行2字下げ]≪緊急! 小説アイデア募集。題材恐怖ユーモアSF。週刊誌八回連載。学歴年齢性別不問。謝礼稿料50%可増早勝委細面談≫  という、新聞の三行広告の文句を苦心して書き上げたが、よく考えてみると、今から新聞に出しても、とても間に合いそうにない。事態はいよいよ絶望的になって来た。ところへ──、 「題はきまりましたか?」  M君から電話がかかって来た。 「だめだ。事態はいよいよ絶望的だ。月は照っても心は闇だ。──しようがないから、第一回は�題未定�って題で出してくれ」 「そんなのウ……」とM君はまた鼻を鳴らす。 「いいじゃねえか、たまにゃそういうのも……。たしか宇能《うの》鴻一郎さんは、某週刊誌で、�上と下�って題で、男の一人称、女の一人称を、上段下段さかさまに書いて、男女心理の同時進行描写をやってるし、大分前だったが、山田風太郎さんも週刊誌連載の�幻燈辻馬車《げんとうつじばしや》�って小説のラストは、うまく期限までに終らなくて、登場人物の三遊亭円朝が、突然|読者《ヽヽ》にむかってあやまるっていう不思議な終り方をしてるし──こうなりゃ苦肉の策だ。二回目からは何とか題をつけるからさ……」 「でも、そんなおかしな事やると、やっぱ、読者に評判悪いよ……」M君は�泣き�を入れるような、おどすような口調で言う。「もう大分、抗議のハガキや手紙が読者から来てますよ」 「ふーん……やっぱりそうかね」  私はいささかしゅんとして、電話口でうなだれた。 「ほんとよ。──何通か速達で送ったから見てごらんなさいよ」  電話を切ってから、私はいそいで、書斎の一隅につまれている郵便物をしらべた。──中に速達が二通あり、一通がふつうの封書、もう一通が�週刊S�編集部から来た大型封筒だった。  大型封筒をあけると、中から数葉のハガキが出て来た。  おそるおそる一通をとりあげてみる。──千葉県市川市の会社員氏(36歳)の投書である。 [#ここから2字下げ] ……作者は以前、本誌上で、出来栄えはともかく、マジメに書いた短篇を何本か発表していたと記憶する。 それに対して、今度の短期集中連載には、まったく失望した。「恐怖ユーモアSF」と予告しながら、読んでみると、小説の題や構想がうかばない、という泣き言ばかりだらだらとつづき……作家であろうがタレントであろうが、楽屋落ちなどは客は見たくない。作者はもっと初心にかえって……。 [#ここで字下げ終わり]  ごもっとも、とは思いながら、こちらもあまり先を見たくない。  二通目──新潟県、農業(57歳)   ……晴れの舞台に連載を開始しようとしながら、その第一回までに「題名」がきまらないとは何事か。歌舞伎初日に外題《げだい》がきまらず、オリンピックに日の丸なしで入場するのと同じ事である。こんなだらけぶりは、到底プロの名に値しない。いまわしいロッキード事件以来、日本朝野の綱紀|弛緩《しかん》ぶりは、まったく眼をおおわしめるものがあるが、こんな事では、世の師表《しひよう》たるべき作家といえども、収監の元総理の事を云々《うんぬん》する資格はないであろう……。  なぜ、たかがSF作家の失態に、ロッキード問題がひきあいに出されなきゃならないのかよくわからないが、まあこれも御時世というものであろう。──何だか、だんだん意気|阻喪《そそう》してくるが、思いきって三通目。──世田谷、主婦(29歳) [#ここから2字下げ] ……小松さんの作品は、夫が好きなので、私も知り合いから借りて、あまりよくわからないながらも、ちょいちょい読んでまいりました……。 ……でも、今度という今度は、まったくがっかりしました。題はきまっていないし、読んでも読んでも、ちっとも節《ヽ》(ママ)ははじまらないし、これでも小説でしょうか? 小松さん、まだお若いのに、もう才能が狡猾《こうかつ》《ママ》してしまわれたのでしょうか?──その上、いくらアイデアがないといっても、読者の投書やご自分の手紙を作品の中でつかって、枚数をかせぐなんて! こんなやり方はもう絶対に許せません。私たちは断乎たち上って……。 [#ここで字下げ終わり]  何だか家のまわりがシャモジやプラカードでとりまかれそうな、いやな気分になって来た。──まったくもう少し、「才能が狡猾《ヽヽ》」だったら、もうちょっとうまく編集部をだまくらかし、連載をひきのばしていたのだが……。  まったく「構想のたたない」時のもの書きの苦しさなんてものは、とても一般の読者にはわかってもらえまい。私自身、「苦吟」という言葉の意味が身にしみてわかるようになったのは、この商売にはいってからである。  いやいやながら四通目をとりあげる。こうなると、かえって自虐《じぎやく》的、マゾ的になってくる。──今度のは、ハガキに緑やオレンジの色鉛筆で、花の絵や、目玉のやたらに大きい、国籍不明の少女の絵が描いてある。北九州、女子高校生(16歳)とある。 [#ここから2字下げ] ……十五歳の秋に、ふとした事から、弟の家庭教師の大学生にあげてしまったのですが、その時は別に好きでも何でもなかったのですが、それから、アルバイトの体操の先生にも、いたずらされ、ついあげてしまったのですが、この時も好きでも何でもなかったのですが、今度高校の一年先輩で、目下|狼人《ヽヽ》(??)中の人ですが、本当に好きになってしまいました。本当に好きになると、むこうの人も欲しがっているらしいのですが、あげるのが、何だかこわいのです。どうしたらいいのでしょう……。 [#ここで字下げ終わり]  何だこりゃ?──女子高校生の身の上相談のハガキがまちがってはいっている。──相手が「狼人《ヽヽ》」なら、「狼男《ウルフガイ》シリーズ」を書いた平井和正にこのハガキをまわしてやろうかと思ったが、平井和正は、このごろ「狼男」を袖にして(その前は�虎�だった)「悪霊《あくりよう》の女王」と浮気をしているので考えなおす。  それにしても、投書のハガキを読んでますます気がめいってしまった。──こんなハガキ、連載開始前に送りつけてくるなんて、�週刊S�編集部も、よくよく無神経だ。「名|伯楽《はくらく》ありてのち千里の馬あり」で、作者なんて編集者が上手におだてれば、いい作品を書くようになるのに、連載開始前から、こんな|ごうごう《ヽヽヽヽ》たる批難抗議の投書を読まされると、作家だって人の子、まして「物を書き、上梓《じようし》する」というのは自己顕示欲のつよい証拠で、そんな連中は、人一倍|毀誉褒貶《きよほうへん》に敏感なのである……。これじゃまったく文運に見はなされたみたいな感じで、ますます意気消沈、意欲喪失するばかりだ……。  鬱々《うつうつ》として、私は、もう一通の速達封書をひっくりかえして、差し出し人の名前を見ようと思った。──上書きがへたくそな男文字の上、ぼってり厚い感じで、見ただけでどうせまたうっとうしい内容だろうと察せられたが、それでも、あんな「毒」をふくんだ投書よりはましだろう、と思ったのである。  が──その封書の裏をひっくりかえした時、突然、なにか、がつん! と胸につかえるものがあった。  待てよ……。  と、私はひっくりかえした封書をわきにおいて、もう一度、机の上にちらばった、投書のハガキに目をうつした。  |待てよ《ヽヽヽ》……。こりゃ──|どこかおかしいぞ《ヽヽヽヽヽヽヽヽ》……。      3  最初のうち、私は、これらの投書の、どこがおかしいのか、よくわからなかった。  で──その数枚のハガキを手にとって、一枚一枚、しげしげと見た。  誤字や文章のみだれは、よくある事で、別にとりたてて言うほどの事はない。──|おかしい《ヽヽヽヽ》のは、もっと別の事だ……。ハガキは、すべて何の変哲もない官製ハガキである。これも不思議なところは、どこにもない。  だが──やっぱり|どこか《ヽヽヽ》がおかしいのである。よくわからないがきわめて奇妙な事が……。  そのうち私は、思わず、あっ、と声をあげた。  そうだ!──おかしいのは、これらの投書が、今日《ヽヽ》、編集部から速達でまわって来たという事だ。それがなぜおかしいか、と言えば……。  ──第一、私はまだ、|連載の第一回目の原稿を《ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ》、|編集部にわたしていないのである《ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ》!  何よりも彼《か》によりも、まだ「連載第一回」の分が、書き上っていない。作品の題名がどうしても思い浮ばず、場合によっては、第一回は「題未定」のままつっぱってくれ、と、M君に強引に申し入れたのは、今日、すなわち七月二十七日の午前中……当然の事ながら、この連載第一回分が掲載されるはずの「週刊S」八月九日発売号は、まだ店頭はおろか、見本刷りもできておらず──いや、校正刷りさえ、グラビア以外は上って来ていないはずだ。  にもかかわらず、どうして、これらの「投書の主」たちは、私の連載の一回目が「題未定」のままになる事を知っているのか?  ひょっとしたら、一号前の「予告」か何かで知ったのか、とも思った。だが──今日の午前中、いよいよそれで行く、という事がはっきりしたばかりで、今のところそれを知っているのは、私と、M君と、山崎編集長ぐらいのものだろう。挿絵画家だって、まだこの原稿を読んでいないのだから……。  にもかかわらず、投書の内容から見て、投書して来た人たちは、|明らかに《ヽヽヽヽ》、「週刊S」誌上で、私の連載第一回を|読んでいる《ヽヽヽヽヽ》! それは、市川の会社員氏の「泣き言や楽屋落ち」といった文章や、世田谷の主婦氏の、「読者の投書をつかって枚数をかせぎ」云々《うんぬん》といった表現を見ても、はっきりわかる。  まだ、|書き上ってもいない第一回《ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ》──店頭に掲載誌がならぶどころではない。編集部の担当者M君も、いつも書き上ったばかりの原稿を読む女房でさえ、読んでいない「第一回」を、この投書の主たちは、|どうやって知ったのだろう《ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ》?  私は大急ぎで、ハガキの消印をしらべてみた。──消印はすべて、十日以上先《ヽヽヽヽヽ》、八月上旬から中旬へかけてのものだった。あの高校生の身の上相談の分までそうだった。今は……まだ七月の二十七日だ。  これらの投書は、……|未来から《ヽヽヽヽ》来たのだ!  たとえ、十日であっても二週間であっても、未来は未来だ。──この投書の主たちは、まだ私が書き上げてもいない第一回分を、十日以上先、掲載誌が売り出される時点において、|すでに読んでしまっている《ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ》のだ!  あまりのショックに、私はハガキをほうり出して、机の上をまじまじと見つめた。──舌の根からのどの奥、頸《くび》の両側へかけて、何やら冷たいざらざらしたものが凍《こお》りつき、唾《つば》ものみこめない感じだった。気がつくと、手がこまかくふるえていた。  ショックのあまりぼんやりとかすんだようになった頭の隅でM君に電話して、なぜこんな投書が来たのか、M君たちはこれを見て、別に不思議とは思わなかったか聞いてみようか、とふと思った。──が、もう午前一時をすぎており、その上M君の自宅の電話番号を知らない事を思い出して、電話にのばしかけた手をひっこめた。  ひっこめる時、なぜか、ぞっと総身が鳥肌だった。──誠に奇怪な、「�未来�から来た投書」に気づいてから、何だかやたらに神経質になっているのはわかったが、その時も、なぜ、全身が鳥肌だったのか、すぐにはわからなかった。  それが、さっき電話機の傍《かたわら》においた、もう一通の封書のせいだ、という事をさとるまで、数秒かかった。──なぜ、それをちらと見て、全身がぞうっ、と総毛だったかといえば……。  さっき──ほんのつい二、三分前、差し出し人を見ようと思って、裏返しにしてほうり出したはずなのに、それが|また表が上に《ヽヽヽヽヽヽ》なっていたからである!  さっきはたしかに、自分への宛名を見て、ひっくりかえし、それ以後、手をふれなかった。──にもかかわらず、今見ると、封書は、またもや|宛名を上に《ヽヽヽヽヽ》している……。  舌がこわばりっぱなしで、私はしばらくその封書から眼を離す事ができなかった。──数秒間凍りついたように見つめているうちに、その封書が、単に、|手も触れない《ヽヽヽヽヽヽ》のに、ひっくりかえっただけでなく、さっき見た時と様子《ヽヽ》がかわっている事に気がついた。──封書には、|切手がはってなかった《ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ》……。  いや、そんな……と、穴があくほど封書の上書きの自分の住所と名前を見つめながら、私はこちこちに凝りかたまった頭で必死に考えた……。|さっき《ヽヽヽ》は、たしか、切手がはってあったはずだ!  そういえば、さっきあったはずの、「速達」という赤い判もその表面から消え失せていた。その上、上書きの文字の位置も、さっき見た時より、少し左へずれているような気がする。それに……。  がーん!……と眼の前をひっぱたかれるようなショックが、またもや頭のてっぺんから爪先まで走ったのは、その時だった。  |まさか《ヽヽヽ》!……と、私は体をこまかくふるわせながら、自分につぶやいていた。……そんな……まさか!  ひったくるようにその封書をとり上げたつもりだったが、実際は、指先や肘が、それにふれるのを拒絶していて、じりじりとしか手がのびなかった。──恐ろしいものをつまみ上げるように、その白い、ぼってりした封書をつまみあげると、私はそうっとひっくりかえしてみた。 「速達」の赤い判と、消印を押した切手が、その裏側《ヽヽ》にあらわれて来た。──封書は、私が|手も触れないのに《ヽヽヽヽヽヽヽヽ》、ひとりでに表側を上にひっくりかえったのではなかった。やっぱりさっき、私が裏を上にひっくりかえしたままだったのだ……。もう一度その上書きの宛名を見た。 [#この行2字下げ]大阪府M市|大字《おおあざ》(私は大字のつく土地に住んでいるのである!)A新家五××−×五 [#地付き]小 松 左 京 行   宛名《あてな》が、「殿」や「様」でなく「行」になっている。──おずおずと、「裏」をかえしてみると、差し出し人はやっぱり、 [#この行2字下げ]大阪府M市大字(何度も言うが、大字と言っても、かなり開けているんである!)A新家五××−×五 [#地付き]小 松 左 京   ふるえがおさまったので、私は何度もその宛名と差し出し人をひっくりかえしてみた。──そのうちに、なぜ、私が、眼の前をひっぱたかれるほどのショックを、その封書からうけたかやっとわかった。それは、いろんな事が、いっぺんに、何重にもかさなって、一つのはげしいショックをつくりだしていたのだった。  まず第一に──表書きも、差し出し人の住所氏名も、すべて、|私自身の筆跡《ヽヽヽヽヽヽ》にまちがいなかった!──誰かがいたずらしたのではない。どう見ても、まぎれもない|私自身の字《ヽヽヽヽヽ》──中学一年と二年との時に、それぞれの年の三学期通じて、すべて習字に「不可」、つまり落第点、赤点をとり、そのため及落会議にひっかかり、中学創設以来の悪筆という名誉の称号をもらったという、かがやかしい戦績をもつ筆跡にまちがいなかった。  そして第二に──その封書の裏側、つまり「差し出し人としての私」の住所氏名が書かれてある右肩上部に、「十月十×日」という日付けがはいっていたのである!  何しろ、たった今、十日|乃至《ないし》二週間ほど「未来」からおくられて来た投書を見て、ショックをうけたばかりである。──私は、いそいで、封書の消印をしらべてみた。  まちがいなかった。──消印は、その封書が、昭和五十一年、つまり今年の十月十×日、私の住むM市で投函された事を、はっきりともの語っていた。  私は、|二カ月以上未来《ヽヽヽヽヽヽヽ》の�自分自身�から、「速達便」をうけとったのである!  第三に、それを悟ったとたん、私はあの、「世田谷・主婦」氏の投書の文面の一節を思い出していた。──もう一度、それをとり上げてみると、そこには、はっきりこうあった。 「……いくらアイデアがないといっても、読者の投書や、|ご自分の手紙《ヽヽヽヽヽヽ》を作品のなかでつかって……」  この、傍点を打った「|ご自分の手紙《ヽヽヽヽヽヽ》」という文句を、私は何の気なしに読みすごしてしまっていた。何か、作品構成の技巧上、手紙体の文章でも挿入《そうにゆう》するのかとでも思っていたのである。  だが、文脈から言うと、どうもちがうようである。──私が、この「第一回」に引用する「自分の手紙」は、どうやら、たった今私が気がついた、「|二カ月以上未来の自分自身《ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ》」から来た、速達便の事らしいのである……。  こりゃいったい、どういう事になるのだろう……と思いながら、私はふるえる手で、「未来の自分から来た手紙」の封を切った。「十日以上先の読者」つまり、「週刊Sに掲載された第一回分を、|もう読んでしまった《ヽヽヽヽヽヽヽヽヽ》読者」が、そう書いているのだから、私はその手紙を、この一回目に、挿入せざるを得ないのだろう。もうそれは、|未来においてきまっている事《ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ》、なのだ……。  封を切ると、私は中の便箋《びんせん》をひっぱり出した。──かさばると思ったら、「二カ月先の私」は、私がふだん使っているLIFEのA4判横書き四百字詰原稿用紙をつかっていた……。      4 [#ここから2字下げ]  お前は、この手紙を見て、さぞかしびっくりしただろう……。 [#ここで字下げ終わり] 「拝啓」も、「前略」もなく、「二カ月未来の私」は、いきなりこう書き出していた。  ──もっとも、「自分自身」にあてた手紙だから、格式ばったあいさつなどは、いらぬ事だが……。 [#ここから2字下げ]  実を言うと、おれ自身、最初、つまり二カ月ちょっと前には、大変びっくりし、ショックをうけたのだから──つまり、|今のお前《ヽヽヽヽ》のように──よくわかっている。そして、今、昭和五十一年の十月十×日にいるおれは、二カ月以上前、七月二十七日に|おける《ヽヽヽ》、�自分自身�つまりお前に、手紙を出す事に、ある種のとまどいと混乱を感じている。  だが、やっぱり書かねばならないし、それを、ある「特別な」方法で、「二カ月過去の自分」にむかって投函しなければならない。  ──「次元の断層」でも、タイム・マシンをつかった「時間便《タイム・メイル》」でも、そこらへんの方法は、どうせ|お互い《ヽヽヽ》SF書きなのだから、適当に考えたらいい。  問題は、どうやってこの手紙が、|二カ月前の自分《ヽヽヽヽヽヽヽ》にとどけられるか、などといった事ではない。──この手紙は、もっと重大な事について、お前に知らさなければならないので、時間が無いにもかかわらず──|十月になったら《ヽヽヽヽヽヽヽ》、もう少しはひまになるだろう、などと甘い事は考えない方がいいぞ。その理由は、自分がよく知っているだろう──急いで書いている。  お前は今、締切りがせまってくるのに、連載のアイデアや構想がうかばず、題名まで考えつかないので、大変苦しみ、困っているだろう。だが、実を言うと、その、お前が苦しんでいる事と関係があるのだが──これから、それどころではない、もっと厄介な、困った問題が起りはじめる。それもこれも、お前が愚図《ぐず》で、優柔不断で、調子がよすぎて、人がいいというより気が弱いから起ってくるのだが、実は、これから起る「厄介事」とは、もはや、お前個人の事を超えてしまっている。それを何とか処理し、もとの|さや《ヽヽ》におさめるのは、お前の責任だ。もともと、お前のせいで起りはじめる厄介事だから、お前がおさめなければならない。  どういう厄介事が起るか──それは今は言えない。言ってしまえば、お前もよく知っている「時間旅行三原則」のうちの、「未来からの過去への干渉」禁止項にふれる。(そんな事よく知ってるだろう。昔、われわれSF仲間でさんざん考えたんだから)だから、くわしい事は説明できないが──まあ、一つ言える事は、相当な厄介事ではあるが、それをお前は何とか、二カ月以内に処理できるだろう、という事だ。その証拠に──今《ヽ》、お前がこの手紙を読んでいる七月末の時点から二カ月余り先の十月十×日において、おれ、つまり「未来のお前」が、ほっと一息ついて、くつろいでいる。もし、お前が「処理」をまちがえて、「厄介事」を果てしなく大きくしてしまえば……|今のおれ《ヽヽヽヽ》、つまり二カ月先のお前も|存在しなくなる《ヽヽヽヽヽヽヽ》……。注意してやれ。  何が起るか、全部を説明する事はできない。が、禁則ぎりぎりの所で、指示をおくる。言われた通りにやるんだ。  今、そちらは七月二十七日がすぎて、七月二十八日の午前二時前だろう。わかってるんだ。まもなく、例の、わが家のゲバ猫が、家の外で、いつもの雄猫とギャアギャア大喧嘩《おおげんか》をはじめる。そうしたら、すぐ外へ出て、猫の喧嘩をやっている方向へむかって、まっすぐ進んで行くんだ。猫の喧嘩は、進み出すとすぐ終る。それでもかまわず同じ方向に進んで、住宅街のはずれまで来たら、山の方を見るんだ。  あとは──その時、山の方を見ればわかる。そのあとどうすればいいかは、その時わかるだろう。あまりびっくりして、ふるえ上ったりするなよ。日ごろ、大ぼらばかり書いてる手前、みっともないぞ。  今、言える事はこれだけだ。──まあうまくやってくれ。うまくやってくれさえすれば……すべてはもとの|さや《ヽヽ》におさまり、おれも|お前と一緒《ヽヽヽヽヽ》に、やれやれと一息つけるっても「二カ月前の|おれ《ヽヽ》」へ [#地付き]ご存知        「十月十×日のお前」より   昭和五十一年十月十×日、自宅にて  P・S、──外へ出て行く時は、よれよれの浴衣《ゆかた》じゃなくて、ちゃんと服を着て、靴をはいて行け。──それから、パスポートと、机の右|抽出《ひきだ》しにあったトラベラーズ・チェックの残りも持って行く事。 [#地付き]左の字   PPSS、──連載の題、無理にきめない方がいいかも知れない。何なら二回目も「題未定」でおし通して、「副題」をつけたらどうだ?──「連載の題がきまらない」という事と、この「厄介事」とは、実を言うと、奇妙な所でつながっている──かも……。 [#この行7字下げ]お前のいる時点より二カ月未来の [#地付き]小 松 左 京  [#ここで字下げ終わり]  何だ、こりゃ……と、私はあきれかえって、その文面を見かえした。──私自身の優柔不断から起ってくる、とんでもない「厄介事」って、一体何だ? ネコの喧嘩がいったいどんな関係があるんだ? いくら、今のおれより、「二カ月ちょっと」年をくってるといったって、えらそうに、「今は言えない」が、とにかく「言われた通りにやれ」だなんて、いったい自分を何さまだと思ってやがんだ。お前なんか、所詮《しよせん》、おれの「なれの果て」じゃないか! 二カ月ぐらい年上だといって、いばるな。こっちだって、もう二カ月ちょっとたちゃ、すぐ|お前《ヽヽ》になるんだから……いや、待てよ……こちらが二カ月たつと、|向う《ヽヽ》は、もう「十二月《ヽヽヽ》のおれ」になってるのかな?──何だかそこらへんがこんがらかって、よくわからなくなって来た。  と──その時、廊下の向うで、掛時計が、コーン……コーン……と、二時をうった。  それとほとんど同時に、戸外の、しずまりかえった深夜の住宅街の闇の向うで、すさまじい猫の唸り声がまき起った。 [#改ページ] [#この行1字下げ]〈読者各位──前回は、�この次の回までに必ず何とか作品の題名をひねり出します�とお約束申し上げたにもかかわらず、先週来の夏風邪が一向よくならないばかりか、猛暑による夏バテとチームをくみ、ついにこの三日ばかり、立ち上ると目がまわって地球がぐるぐるまわるのが感じられるようになり、昨日などは椅子の上に頭を下、尻を上に、さかさにすわって二時間も気がつかない有様でした。そんなわけで、頭の回転が、目のまわる回転とうち消しあって一向に前進せず、今回はまたまた�仮題�で御勘弁いただく事になりました。次回は必ず必ず、ちゃんとした題をつけますので、何とぞ今一度だけ御寛恕《ごかんじよ》ねがいたいと思います。──著者敬白〉  題 未 定  第|0《ゼロ》回  あるいは──              十セントの紅茶[#「十セントの紅茶」はゴシック体](仮題) [#改ページ]      5  午前二時の住宅街の闇の彼方に、猫の喧嘩の声がまき起るのを聞いて、私は反射的に腰をうかした。あの奇妙な「二カ月未来の自分自身」からの手紙に書いてあったとおりの事がおこったのだ。  その時まで、筆跡は明らかに自分のものにちがいなかったにもかかわらず、まだかすかに、誰かの念の入ったいたずらかも知れない、という疑念は、胸の底のどこかに残っていた。  が、二匹のすさまじい声──そのうちの一方は、わが家のおそろしく喧嘩好きな雄のゲバ猫である事ははっきりわかった──を聞いたとたん、この疑念は消しとんでしまった。  私はまるで催眠術にかかったように、ふらふらと奥の間に行き、よれよれの浴衣をぬぎすてた。──午前二時になったのに、そして山際《やまぎわ》の、大阪市内よりは平均気温が三度も低いといわれる土地なのに、一向に涼しくなく、ひどくむしむししていて、ちょっと動いても汗が出てくるほどだった。  そんな状態なのに、私は「未来からの手紙」に書かれてあったようにカッターシャツを着、唇を歪めながらネクタイをしめ、靴下をはき、背広の上下を着こんだ。──外へ出ようとして、ふとあの手紙の追伸に書かれてあった事を思い出し、もう一度書斎へはいって、机の抽出しをあけた。  ──パスポートと、机の抽出しの、トラベラーズ・チェックの残りを持って行く事……。  机の右の抽出しの一番奥に、トラベラーズ・チェックの残りがはいっている事を知っているのは、家中で私自身《ヽヽヽ》しかいないはずだった。  私はトラベラーズ・チェックの残りをしらべた。──四百二十ドルほどあった。  それをパスポートと一緒に内ポケットへ入れると、私はそっと靴をはき、ドアの鍵《かぎ》をはずした。  妻子は二階でよく眠っている。  猫どものすさまじいわめき声は、まだ西の方からきこえて来た。──二匹はまだにらみあい、耳をふせ、総身の毛をさかだて、尾を太くし、牙《きば》をむいて、お互いに威嚇《いかく》のエールを交換しあっている所だ。あれが、がっ、とかみあえば、勝負は大てい数秒でついてしまうだろう。何度もとっ組みあいをくりかえす事もあるが、それでも十数秒から三十秒は持続しまい。小型とはいえ、鋭い牙、強い顎《あご》、ナイフのような爪《つめ》をそなえた、専門の�殺し屋=ハンター�同士の争いなのだ。うちの猫は、ほとんど毎晩、頭の上や横面をずたずたにし、血をぽたぽた流しながらかえってくる。時には後脚にひどい傷をうけてくる事もある……。  いずれにしても、「勝負」がついて、一方がとんで逃げるまでに、猫どもの声の方へ行かなければならない。──手紙には、「猫の喧嘩の方角へ進み、喧嘩の現場をこえてさらに同じ方角へ進め」と書いてあった。  何のためにそんな事をしなければならないのか。まるでわからなかった。──だが、その時の私は、まるで主体性のない操《あやつ》り人形のように、見えない糸に操られて、ふらふらと「手紙に書かれた通りに」行動していた。  妻子に気づかれないように、ドアの上にベルがわりにとりつけた明珍《みようちん》の火箸《ひばし》をおさえてそっとドアをあけると、私は家の外へ出た。  むしむしはしているものの、それでも屋外には、わずかながら風もあった。──午前二時すぎの郊外住宅地は、死んだようにひっそりと静まりかえり、闇の中にうかぶ軒灯や、青白い常夜灯《じようやとう》の明りはその夜更《よふ》けの街が眼を開いたまま眠りこけているような感じをそえていた。  家のすぐ前が丁字路《ていじろ》になっていて、猫どもの唸り声は、西へむかう道のずっと向うからきこえてくる。──私はその声の方向にむかって歩き出した。猫の声はかしましいにもかかわらず、自分の靴音が、静まりかえった家並みの間に、いやに大きくひびき、私は反射的に爪先をたて気味にして歩いて行った。  猫の唸り声は、次第に近くなった。  感じからいって、もうわずか十数メートル先の、暗がりのどこか、──左右に連なる住宅の、生垣《いけがき》の上か、路上のちょっとはいりこんだ所で、二匹の「小怪獣」は、にらみあっているはずだった。  と、──その声が、突然ぎゃおぎゃお、ともつれた。暗がりの向うで、熱した強靱《きようじん》な肉塊《にくかい》が二つ、からみあい、ころがり、お互いに相手の急所めがけて、わめきながら鋭い牙をうちこみ、後肢の先の鋭い爪で、相手の頭や眼を力一ぱい蹴《け》とばし、かきむしる……。地面や草が、はねまわる肉塊にざっ、ざっ、と鳴るのがきこえ、そして次の瞬間、どちらか一方が──恐らく向うッ気ばかり強くて、「実技」は大した事のないわが家の猫が──ぎゃッ、とさけんで、まるで鉄砲玉のように舗装《ほそう》道路を爪で蹴ってどこかへ逃げ去り、それをまたもう一匹が、火の玉のように猛烈に追う気配だった。  はげしいものが、すぐ近くの闇を走り、そして気がついてみると、あとは森閑《しんかん》とした夜の街路に、自分の靴音のみが、こつこつとひびくだけだった。  造成宅地のひろがる緩斜面《かんしやめん》のずっと下の方で、夜の国道を走り去る深夜便の大型トラックのエンジンとタイヤの響きが、時折り轟々《ごうごう》と流れ、左手に黒々とそびえる山肌にこだました。──もう自宅からは二、三丁はなれたはずだった。 「手紙」に書いてあった「猫の声のする地点」は、もう通りすぎてしまった。「さらにまっすぐ進み、山側を見ろ」とも書いてあったが、いったいどこらへんまで進んでいいのかわからなかった。もう二、三丁ほどで、住宅街はつきる。私の歩みは自然とおそくなった。  すると──その時、あたりの空気に、何となく奇妙な臭気がただよっているのが感じられた。  私は反射的に歩度をゆるめ、首をまわした。──何とも奇妙な臭いだ。俗に言う「なまぐさい」と言うか、古沼のよどんで動かない水の発するような臭気が、どこからか流れてくる。  鼻をひょこつかせると、また別の臭気がした。──一種類でない、いやに複雑な臭いだ。今度のはずっとかすかだが、「悪臭」と言っていい。アンモニアと、硫化水素をまぜたような、鋭い刺激臭だ。  臭気の流れてくる方角を追って、私は何の気なしに、道の山側《ヽヽ》を見た。──そこは住宅街の北のはずれにちかい十字路の角《かど》だった。  道の北側にならぶ家並みのむこうには、もう家屋はなく、十字路の右手つきあたりは、背後にそびえたつ黒い山脈にとけこむ、小高い岡になっている。  体の中を、後頭部から脊椎《せきつい》を通して踵《きびす》にまで、ずきん!……と冷たいものが走ったのはその時だった。  十字路の北──つまり山側へむかう道の両側のま新しい家は、建ったばかりでまだ人がはいっていないのか、あるいは休暇で一家留守にしているのか、どちらも門灯一つついておらず、窓もまっ暗だった。  その二軒の、まっ暗な家にはさまれた舗装道路は、ずっと下の方にある街灯の明りにかすかに光りながら、のぼり坂になってくろぐろとした岡にむかって消えている。  そのつき当りの闇を背景に、何やらぼんやりと、もやのように淡い、白いものが浮んで、ゆるゆると渦まくように、動いていた。  底に鋭い悪臭をひめた、何とも言えず生ぐさい、胸のむかむかする臭気は、そのぼうっとした、白いものの方から流れてくるのだった。      6  しばらくの間、私は十字路につったったまま、凍りついたように動けなかった。──思いっきり悲鳴をあげて、もと来た道を逃げかえりたい、という衝動が、胸もとに強く、ぐいぐいと押しあげてくるのがわかったが、一方では膝《ひざ》はがくがくで、ちょっとでも身じろぎすれば、腰がぬけてへたへたとそこへすわりこんでしまうのがはっきりわかっており、そのために身じろぎしようにもできなかったのだ。  のどの奥から下腹へかけて、ざらざらの棒をつっこまれたような感じで、舌のつけ根がこわばってしまい、唾をのみこむ事もできなかった。  坂のつき当りの、白いぼんやりしたものは、もやもや動きながら、次第に一つの形をとりつつあるように見えた。──特にその上部から、三分の一ぐらいの所は、ほそ長くのびて、こちらへむかって、おいでおいでするようになびいた。  幽霊《ヽヽ》!……。  咄嗟《とつさ》に頭にうかんだ考えはそれであった。──何とも言えない、いやな、生ぐさい臭気……闇の中に、遠い明りに照らされたのではなく、淡いながら、はっきりほの白く浮き上る姿……。  生ぐさい臭気とともに、あの鋭い悪臭は、突然はっきりと強まり出した。──と同時に、その白いもやもやしたものは、こちらへむかって手まねきしながら、ゆっくりと近づいてくる……。  私の口の中はからからにかわいてしまった。恐怖のあまり、心臓がのど首のあたりで、早鐘《はやがね》をうつように鳴り出したが、それでも私は、金縛《かなしば》りにあったように身動きもできず、全身にぐっしょり冷汗《ひやあせ》をかきながら、ばかのように十字路につったっていた。  もやもやした白光は、近づくにつれて、その中に、はっきりした、細い、人の形をあらわして来た。──しかし、そんな事は、私の恐怖をちっとも薄めはしなかった。  白光のもやに包まれたそいつは、足が地上から二、三十センチも浮き上ったまま、ふわふわと私にちかづいてくるのだ!  近づくにつれて、生ぐさい臭気と悪臭は、ますます強くなった。そして、その二種類のほかに、げえ! となりそうな、青くさい臭気もまじりはじめた。  ──パス……ポート……。  と、そのほの白い|もや《ヽヽ》に包まれた人型から、かすかに、そんな言葉がつたわって来たような気がした。  ひゅっ……と、我れ知らずのどが鳴った。  ぼんやりと青白い、燐光《りんこう》のもやに包まれた中央に、やせこけた、顔色の悪い、子供《ヽヽ》の姿がうかんでいた。身のたけ一メートル二、三十センチぐらいしかないが、地上、二十センチぐらいの|宙に《ヽヽ》浮いているので、もう少し大きく見える。しかし、どう見ても、栄養不良で死んだ、十二、三の子供の幽霊だった。  一本の毛もない頭の鉢ばかりいやに大きく、その下の頬《ほほ》はげっそりこけ、はなれた両眼は、緑色に光っている。皮膚は鉛色にちかい。──全身はだか……と見えたが、よく見ると皮膚の色よりすこし濃い灰色の、ぴったりした服で手首から爪先までつつまれているのだった。が、その服に包まれた胴も四肢もやせこけていた。──そして、|そいつ《ヽヽヽ》は、まるで芋幹《いもがら》のような細い腕をのべ、細い糸のような指をこちらにむかってひらひら動かしながら、薄い、血の気の失《う》せた唇《くちびる》をちっとも動かさず、か細い声でよびかけるのだった。  パ…ス…ポート……。  私のぶるぶるふるえる手は、勝手に動いて内ポケットへもぐりこもうとした。──しかし、あまりにはげしく手がふるえるので、なかなか背広の内側へはいりこめない。 「なにをぐずぐずしてるんです?」  突然、|そいつ《ヽヽヽ》は、舌打ちするように、いやにはっきりした声で言った。──やはり、うすい唇を、すこしも動かさずに……。 「さあ、早くパスポートを見せてください」  私は|おこり《ヽヽヽ》にかかったようにふるえる手で、やっとの事でパスポートをつかみ出し、さし出した。  |そいつ《ヽヽヽ》は、細い指をのばして、ひょいと私の手からパスポートをとりあげ、ひどく事務的にパラパラとめくって、中を二、三箇所見ると、かえしてよこした。 「けっこうです……」と、|そいつ《ヽヽヽ》は背をむけながら言った。「さあ、行きましょう……」 「あ…あ…あ……」と、私は歯をがちがちいわせながら、やっとの事でひりつくのどから声をしぼり出した。「ど……ど……ど……」 「なんですか?」|そいつ《ヽヽヽ》は、大きな頭をふりたてるようにして、ふりかえった。「何を言ってるんです?」 「あ……あんたは、だ……だれだ?」  私は、震度5で上下動する自分の顎を両手でつかみ、言葉の発音通りに動かしながらやっと言った。……何だか自分が、獅子舞《ししま》いになったような気分だった。 「ゆ、ゆ、ゆ……幽霊《ヽヽ》じゃ……ないのか?」 「幽霊?」|そいつ《ヽヽヽ》は、呆れたように、ぎょろっと眼をむいた。「冗談じゃない。──見てわかりませんか?」 「で、でも……まさか……」私はやっと口がきけるようになって、両顎から両手をはなした。「それに……いったいなぜ……ぼくに……」 「|なぜ《ヽヽ》ですって?」|そいつ《ヽヽヽ》は、怒ったように甲《か》ン高い声をはり上げた。「今さら�なぜ�もないもンだ。──こんな事になったのも、みんなあなたが悪いんですよ。|われわれ《ヽヽヽヽ》だって、本来こんな事をやる義理も義務もないんだが、──あなたのせいで、やむを得ずやってるんです」 「そんな、おっかない顔をしないでくれ……」私は肩をすくめた。「ぼくが悪い、ぼくのせいだって言うけど……いったいぼくが何をしたんだ?」 「|何をした《ヽヽヽヽ》ですって?」|そいつ《ヽヽヽ》の眼が、今度はルビーのように真赤に燃え上った。|そいつ《ヽヽヽ》のまわりを包む光のもやの輝きも、強くなったようだった。「あんた……自分がいったい、|何をやらかしたか《ヽヽヽヽヽヽヽヽ》、さえ、気がついていないんですか? こんなとんでもない、はた迷惑な事をまき起しておきながら……」 「ま、待ってくれ……」私は相手の見幕におびえて、思わず両手をあげた。「|とんでもない事《ヽヽヽヽヽヽヽ》をしでかした、と言われても、ぼくには一向に……」 「まあいい……」相手は、つよい自制心で、自分の感情をぐっとおさえつけたようだった。「今、あなたとこんな議論をしたってはじまらない。──とにかく、あまり時間がないんだから、急ぎましょう……」 「急ぐって……どこへ行くんだい?」私はききかえした。「何をしに?」  |そいつ《ヽヽヽ》はもう返事をしなかった。──二人は、暗い坂をのぼりつめ、黒い山腹を背景に、それよりも一層濃密な闇となって鼻先にたちふさがる岡のすぐ手前に来ていた。  |そいつ《ヽヽヽ》は、別に合図をしたようには見えなかった。ただ、たちどまり──といっても地上二十センチに浮いたまま、──ちょっと視線を上げたように見えた。  正面の岡に、何か「異変」が起りつつあるらしい気配は、私にも感じられた。──何となく、岡が、ぬうっ、と|立ち上り《ヽヽヽヽ》、頭の上からのしかかってくるように感じられた。事実、眼をこらせば、岡のまるい頂きが、もくもくと星の無い夜空にのび上りつつあった。わずかに、山脈の黒い稜線《りようせん》が、その下部をぎざぎざに切りとっている事がわかる程度のほんのかすかに山や森より明るいだけの夜空に、巨大な、半円型のまっ黒な影が岡の頂きから上方へひろがって行き、やがてそれは私の視野から、夜空のかなりな部分をおおいかくしてしまった。頭上に、何か圧倒的な量感のあるものが、ひろがっていた。ひどく重っ苦しい、まるでおしつぶされそうな感じだった。  頭上におおいかぶさる「影」の輪廓《りんかく》をさぐろうと、頭を左右に動かしてみたとたん、またもや新しい汗がどっとふき出した。  いや……待て……、と私は、一瞬ふっと遠のきかけた意識の中で、必死になってつぶやいていた。……こんなバカな……いくら何だって……こんな事はあり得ない!……幻覚だ……。  ──これは�悪夢�だ……と、私の中のもう一つの声は、弱々しくつぶやいた。──きっとそうにちがいない。夏風邪に過労と夏バテがかさなり……原稿を|書く《ヽヽ》苦しさ、|書けない《ヽヽヽヽ》苦しさの故に、とんでもない、馬鹿げた�悪夢�をみているんだ……。  だが、いくら呆れかえっても、否定しても、|それ《ヽヽ》が、私のすぐ頭上の空中、ほんとに手をのばせばとどくような所に、音もなく「停止」しているのは事実だった。──陳腐《ちんぷ》な方法だが、頬をいやというほどつねり、やたらに咳《せき》ばらいしてみても、その「幻覚」が消えるわけでもなく、「悪夢」からさめるわけでもなかった。  |それ《ヽヽ》──円盤は、斜面の下の住宅街の明りを反射して、ごくわずかに、その縁《ふち》の方がにぶく光っていた。そのほかには明り一つついておらず、音もたてず、まったく「暗闇から牛をひき出したよう」という形容そのままに、岡の頂きから、ぬーっと私の頭上に動いて来てとまった。あの異様な臭気だけが、ますます強くあたりにたちこめ、吐《は》き気《け》がしそうだった。  私は、一種言いしれぬ「気恥かしさ」を感じながら、そのまっ黒な円盤から目をそらし、咳ばらいをし、きょろきょろまわりを見た。──自宅はそこから二百メートルぐらいしかはなれていない。住宅街にはあちこち知り合いもいる。こんな所で、いい年をして夜中の二時すぎ、「宇宙人」──「光る小男」は、今になっては幽霊とは思えない──と一緒にうろつき、「円盤」を見ていた、などという話が近所に知れたら……あまりに話ができすぎていてまったく外聞《ヽヽ》が悪いではないか?  ──ちょっとちょっと! お隣りの奥さま! お聞きになった?……と、声をひそめ、せきこんだ調子で言う、主婦たちの声が耳にきこえてくるような気がした。  ──あの、小松さんの旦那さまね……この間真夜中の二時ごろ、住宅街をうろうろなさってて、「円盤」を見てらしったんですって!  ──まあ! ほんと? ほんものの「円盤」?……やっぱりねえ。  ──それもね、青白く光る、小さな「宇宙人」と一緒にですって!  ──まあいやだ! それもほんもの? |SF《ヽヽ》じゃないの?……やあねえ……。SF作家なんて書いてる事はデタラメでも、もうちょっと紳士《ヽヽ》かと思ったら……やっぱり、夜中にこっそり、そんな事してるのね。まったくゲンメツだわ……|ほんもの《ヽヽヽヽ》の「円盤」に、|ほんもの《ヽヽヽヽ》の「宇宙人」なんて、そんな洒落《しやれ》にもなんないじゃないの。よく恥かしくないわね。 ──まったく、旦那さまがあれじゃ、奥さまも大変ねえ。 ──でも、やーねえ。こういう静かな住宅街に、SF作家がいるばっかりに、ちょいちょい「円盤」がおりて来たり「宇宙人」があらわれたりするんじゃ、子供の教育上心配だわ。あんなものに夢中になられたら、子供に悪い影響があるし……、どんな事されるかわからないし……自治会で相談してみましょうよ。  などという事になりかねない。──SF作家が、「ほんものの円盤」や「ほんものの宇宙人」とどうこうしている現場を見つかるのは、言わば失神作家が、実際に「痴漢行為」をやっている現場を見つかるようなもので……近所の人たちはもちろん、女房にも、子供にも、こんな所を見られたらはなはだ気まりが悪く、具合が悪いのである。  だから私は、闇の中でひそかに赤面し、脂汗《あぶらあせ》をかきながら、頭上のまっ黒なさしわたし十五メートルほどの「円盤」を見上げていた。──「円盤」は、本当に、手をのばせばとどきそうな所にうかんでいた。そして、さっきまで沈黙していたそれは、今、かすかに、電子音のような唸りをたてはじめ、まっ暗だった底面中央に、ぼんやり円型の青白い光がにじみはじめ、そこから下にむけて光の帯が息づきながらのびて来た。 「たまらない臭いだな……」と、私は動悸《どうき》の早まるのをさとられまいと、わざと吐きすてるように言った。「君たちゃ大体、風呂にはいるのか?」 「臭いなら、人の事は言えませんよ」と「宇宙人」は怒ったように言いかえした。「あなただってひどいもんだ。大体地球人のオスってのは、私たちにはたまらないにおいを出すんですが……あなたは一体、いつ、風呂にはいったんです?」 「二日前……」と言いかけて、私は口ごもり、蚊の鳴くような声でつぶやいた。「いや……三日前だった。何しろ夏風邪をひいてるもんで……」 「そらごらんなさい」と、そいつは勝ちほこったように言った。「私なんか、昨夜ちゃんとサウナにはいり、今朝またシャワーをあびましたよ」 「それにしちゃひどい臭いだ……」私は口惜しくなって言いかえした。「これが君たちの体臭か?」 「とんでもない!」と「宇宙人」は言った。「この臭いは、あんたたち地球人の悪臭を消すための、�臭い消し�の臭いです」  馬鹿にしやがって……と私は胸の中で毒づいた。──人を……地球人をトイレか何かのように思ってやがる!  ちょうどその時、いやにゆっくりのびて来た光の帯が、やっと地上についた。と──光を投げかけている円盤底面の円《まる》い穴から、すうっ、と、最初にあったのと同じような服装の宇宙人が二人、光の帯の中をおりて来て、地上二十センチほどでとまった。  二人の宇宙人は、最初のやつと、ほとんど同じ顔つきをしていたが、よく見ないとわからない程度にはちがっていた。  その二人は、いやにいかめしい顔つきをして、私にちかよってくると、細い、冷たい手で、バタバタと私の服をさわり、ズボンをしらべた。 「最近できた規則です……」と最初の宇宙人はつぶやいた。「このごろの地球人は凶暴でね──この間も、私たちの宇宙船をハイジャックしようとしたやつがいました」 「見さかいなく�誘拐《ゆうかい》�なんかするからだ」と私は言いかえした。「でも……�円盤ジャック�なんかして、いったいどうするつもりだろう?」 「そいつはモントリオールへ行けって言ってました。オリンピックはもう終ってるのに……頭のおかしくなったスポーツ選手だったんです」  今まで私のズボンをさわっていた宇宙人が、突然けわしい顔つきになると、私のベルトのあたりを指さし、キンキン声で、私にわからない言葉をまくしたてた。──それに対して、最初の宇宙人は、嘲《あざけ》るような調子で、はげしく言いかえした。 「誤解ですよ……」と、相手を言いまかすと、最初の宇宙人は、私をふりかえってニヤリと笑った。「慣れてないもんで……あなたが、両脚《りようあし》の間に凶器らしいものをかくしてるって言うんです。あれは凶器じゃないって説明しておきました。おまけに、役に立たないって……」 「なんだと?」私はかっとなってどなった。「貴様……どうしておれの秘密《ヽヽ》を……」 「さあ、いいから……」と|そいつ《ヽヽヽ》は私を押した。「急いでください。こんな所にいつまでもぐずぐずしているわけには行かないんだ」  光の帯の中に押しやられると、体がすうっと浮き上るように感じられた。──円盤の入口に吸い上げられながら、私はあとで「円盤搭乗記《えんばんとうじようき》」を書いたものかどうか、書いても物笑いにならないか、とぼんやり考えていた。うかつな事を書くと、本邦一と自負する円盤研究家の南山宏が、うるさくしつこく聞き出そうとするだろう。星新一に話せば向う一年間はからかわれつづけるし、筒井康隆にでもきこえたら、日本にいられなくなるくらい、むちゃくちゃな話にしたてられるだろう。やっぱりだまっていよう……。      7  円盤の中は、意外にこぢんまりした感じだった。床は黒っぽく、壁は灰色で、緑がかった光が天井からそそぎ、円盤の部屋の中央に、何か機械らしいものがあって、外人の初老の夫婦が、それをのぞきこみながら、宇宙人の説明を熱心にきいていた──どうせアメリカかヨーロッパで、「試乗」させられたのだろうが、このあと、何もおぼえていないか、おぼえていて他の人に話したところで、信じてもらえないだろう。  壁際に二つならんで椅子《いす》があり、私はそれにかけさせられた。──あの異臭は、だいぶうすくなったが、まだゴムの焼けるような臭いが強くした。こちらも臭気消しに、と思って煙草《たばこ》を吸おうとすると、隣りにすわった宇宙人が、 「だめですよ!」と言って腕をおさえた。「サインのランプがついてるでしょう」 「何のサインだ?」と私はわめいた。「宇宙人の字が読めるわけないじゃないか」 「�禁煙・ベルト着用�のサインです。もうじき出発します」  見ると、向うの席に、外人夫婦もすわっておとなしくしている。──さっき私を指さしてわめいた宇宙人がちかよってくると、何やら容器にはいった小さいものをつきつけ、口に入れろと手まねで指示した。つまんで口にほうりこんでみるとアメ玉だった。もう一人の宇宙人は、|おしぼり《ヽヽヽヽ》をもって来た。 「このごろは、地球人の乗客には、なるたけ地球式のサービスをする事にしていましてね……」自分でもおしぼりをひろげ、どういうわけか後頭部を気持よさそうにふきながら、隣りの宇宙人は言った。「まあ、なるべくくつろいでもらって、恐怖心や動揺をしずめてもらうためですがね」 「じゃ──あの人、さっきぼくのズボンをしらべた人はスチュアデスかい?」と私はぎょっとしてきいた。「つまり女かい?」 「|今は《ヽヽ》そうです……」と宇宙人はうなずいた。「三カ月間隔で男になったり女になったりします」  すると、こいつは、「女性」にむかって、おれのあれを「役立たず」と言ったのか……と、私は屈辱にまみれてうなだれた。──うぬ、許せない。殺してやる……。 「出発ですよ……」室内の緑の光が、急にはげしく息づきはじめるのを横眼でみながら、隣席の宇宙人は言った。「まったく、思いがけない寄り道をしたもんだ……。これはまったく、�臨時着陸�なんですからね。本来なら、こんなくだらない所へ、おりる事なんかなかったんだ」 「M市の事をくだらないなんて言うと、市長が怒るぞ」と私は抗議した。「これでなかなかいい所なんだ。山は近いし、涼しいし、滝はあるし、サルはいるし、秋には|もみじ《ヽヽヽ》のテンプラがあるし、競艇のあがりでりっぱな市役所も建ってるし……」 「どっちにしたって、この�臨時着陸�はあなたのためだし、あなたのせいです」宇宙人はつきはなすように言った。「今、地球の附近では、これより速い乗物はないし、時間がないからって、泣くようにしてたのまれたんで、やむを得ず……もし、|間にあわない《ヽヽヽヽヽヽ》と、大変な事になるって言うので、特別に、しょう事なしに、こんな仕事を──あなたを乗せるって仕事をひきうけたんです。本来なら、こんな事はやってられないんだが──それもこれも、あなたが悪いんですよ」 「ちょっと……」私は相手をさえぎった。「�泣くようにしてたのまれた�って……いったい|誰に《ヽヽ》たのまれたんだ?」 「きまってるじゃありませんか!」宇宙人は呆れかえったという顔つきで言った。「|二カ月未来のあなた《ヽヽヽヽヽヽヽヽヽ》にです……」 「ええ?」私は眼をむいた。「じゃ、君は……�二カ月未来のおれ�と知りあいなのか?」 「知りあいも何も……」言いかけて宇宙人は、どこからか折りたたんだ紙片をとり出した。「そうそう、これを�二カ月未来のあなた�からことづかって来ました。──これに、これからどうするかが書いてあるそうです。何でもあなたは、�十セントの紅茶�をのまなくちゃならないそうです。それからイタリア語をつかって……」 「|十セントの紅茶《ヽヽヽヽヽヽヽ》?」私はあっけにとられてききかえした。「|イタリア語《ヽヽヽヽヽ》?──なんだ、いったいそりゃ……」 「よく知りません。とにかく、あなたは……」  そこまで相手が言った時、突然、室内に眼のくらむような白光が閃《ひらめ》き、熱気がどっとおそいかかり、私は反射的に眼をつぶり、両腕を顔の上にあげて、強烈な光と熱をふせいだ……。  十秒……二十秒たっても、ふりそそぐまぶしい光と熱は消えなかった。──むしろ、熱はますますはげしさを増して、服の両肩や、遺憾《いかん》にもうすくなりつつある頭頂部をじりじりとあぶり、額から頬へ、ぽたぽたと汗がしたたり出した。  まわりが急にざわざわした感じになり、生ぬるい風が頬にあたったので、私はそろそろと顔前にあげていた両腕をおろし、おずおずと眼を開いた。  明るい光と、まわりにあふれる強烈な色彩に、私は眼をしょぼしょぼさせた。──褐色《かつしよく》の肌をなかばむき出しにし、赤、青、黄など、つよい原色のシャツや半ズボンをつけた男女が、まわりをぞろぞろ歩いていた。紺碧《こんぺき》の空に白い雲がうかび、天を摩《ま》す白やライトブルーのビルの間で、緑色に光る椰子《やし》の葉が、ざわざわとそよいでいた。  白人の子供と、こい褐色の肌の子供が、きょろきょろしている私を、ふしぎそうにながめていた。──たった今、「円盤」の中にいたのに、ほんの十数秒ののちに、私はどこか南国の都市の街角につったって、ぽかんと口をあけていたのだ。  通りの光景は、どこかで見た事があった。そんなにしょっちゅうではないが、何度か歩いた事のある通りだ。──大型の黄色いタクシーが、道路の右側《ヽヽ》を走り、通りをへだてた向うの店に、黒や茶色の、奇妙な木彫《きぼ》りの像がならんでいるのを見て、私ははっとして、視線を通りの端から端へ、そびえたつ明るい色のビルからビルへとうつした。  ──まちがいない!  そこは──日本ではなかった。ハワイ・オアフ島の|ホノルル《ヽヽヽヽ》……ワイキキ通りの、南の方だ。あちらに見えているのは、ホテル・イリカイ、そして、こちらはワイキキ・リゾートか何か……。  反射的に腕時計を見る……。曜日も日付けも、ついさっきのままだ。秒針は何事もないように動いており、時刻は、午前二時四十分……ただし、「日本時間《ヽヽヽヽ》」の……。わずか十数秒、いや、ほんとに|一瞬の間《ヽヽヽヽ》に、私は、大阪府北郊M市の自宅附近から、五、六千キロはなれた、ハワイのホノルル市の路上にはこばれてしまったのだ。──なるほど、あの「宇宙人」が、「現在地球附近でこれより早い乗物はない」と言っていた意味がよくわかる……。  ワイキキ通りには例によって日本人の団体旅行客らしい老若《ろうにやく》男女、若いアベック、家族づれがぞろぞろ歩いていた。それにまじって、年配の白人や、見事なブロンズ色をしたポリネシア女性が、高いヒップを、わずかに原色のミニスカートに包んですりぬけて行く。──陽《ひ》はすでに高くのぼり、じりじり照りつける強い日ざしに、野暮《やぼ》に背広を着こんだ私は、たちまち汗まみれになってしまった。  ハンカチをとり出そうと、ポケットに手をつっこむと、かさりと紙片が指にさわった。ひっぱり出すと、さっき「宇宙人」がわたしてくれた「二カ月未来の私」からのメモだった。──ひらいてみると、私が時々メモがわりにつかっているタイプ用紙に、なぐり書きのように乱暴な、|私自身の字《ヽヽヽヽヽ》で、こう簡単にしるされてあった。 [#ここから2字下げ] ワイキキ通り、クイン・カピオラニ公園角。「ピノのレストラン」──|十セントの紅茶《ヽヽヽヽヽヽヽ》 イタリア語で注文する事。──ただし、二人称単数《ヽヽヽヽヽ》で。 [#ここで字下げ終わり]  これは一体何だ?──と、私は眼をこすってもう一度、その文字を読みなおした。  どうやら、この先のクイン・カピオラニ公園の角に「ピノのレストラン」というのがあって、そこで「十セントの紅茶」を注文しろ、という事らしい。それも、|イタリア語《ヽヽヽヽヽ》でやれ、という。ハワイには、イタリア系住民が若干いるが、しかし、イタリア語をつかうのはあまりないから、それが何かの「符牒《ふちよう》」になるのだろう。だが、「二人称単数で」というのはどういう事か? イタリア語の注文を二人称単数でやれ、というのだろうか?  とにかく、暑い日ざしの下に立っていてもしかたがないので、私はクイン・カピオラニ公園の方角へむかって歩き出した。──上着をぬいで、肩にかけて……。  カピオラニ公園の角で、レストランはすぐ見つかった。──通りに面した、小さな平べったい赤ぬりの店で、レストランというより、スナックという感じだった。ただ、看板だけでっかく、    Pino's Restaurant  と、カンカン踊りでも踊っているような書体で店の上に上っていた。──近よって行くと、大きなガラス窓のむこうのテーブルに、ボール紙にマジックの赤と黒で、こう書いた札がおいてあるのが眼についた。    Pino's Service    "DIME TEA"    Big Iced Tea──Only 10 cent  ──�ピノ�のサービス、�|十セント紅茶《ダイム・テイー》�    大きな冷たい紅茶、わずか十セント。  私はちょっとそのボール紙をながめ、それからレストランのドアをおした。 [#改ページ] [#この行1字下げ]どこかの政治家の如く「公約」を無視し、やけくその居直りで、またもや  題 未 定  第1回  あるいは、変る可能性のある仮題              十セントの紅茶[#「十セントの紅茶」はゴシック体] [#改ページ]      8 「ピノのレストラン」の中は、朝が早いせいか、がらんとして、客は二組しかいなかった。  窓際のずっとむこうのテーブルに、若いカップルが一組、男は灰褐色《はいかつしよく》の髪で女は東洋系──それに、カウンターに、茶色の鬚《ひげ》をもじゃもじゃはやした中年の男が一人、新聞を読みながら、でっかいミルクセーキを飲み、ピザを食っている。  テーブルの上には、イタリアン・レストランのトレードマークのような、オイル引きの白地に赤の格子縞《こうしじま》のテーブルクロスがかけられ、灰皿はまだどれも汚れていない。  私は上衣を肩にかけたまま、カウンターのすみに腰をおろした。──壁の電気時計を見ると、ハワイ時間で七時四十分だった。  キッチンへの入口から、コップをいっぱいのせたトレイをもって、褐色の肌にまっかなワンピースを着たグラマラスなウエイトレスが出て来た。長い黒髪を背にすべらし、胸はお盆《ぼん》がもう一つのせられそうにつき出し、ぐっと後にはり出した見事な臀《しり》をわずかにかくしているお仕着せのミニスカートを見た時、ここが頬をつねってみるまでもなく、日本のM市ではなくてハワイだ、という事が実感された。  ウエイトレスは、カウンターの向うのはずれにコップをのせたトレイをおき、ゆさゆさと胸をゆさぶるようにして、こちらへやって来た。──洋の東西を問わず、こういう大衆向けレストランの姉ちゃんに共通の仏頂面《ぶつちようづら》をしていたが、上背《うわぜい》とヴォリュームがあるので、その仏頂面も、ぐっと迫力がある。  それでも私の前までくると、ニコッ、と機械的な笑いを、500分の1秒シャッターの閃きほど見せて、 「モーニン?」  と言った。  英語もここらへんまで省略されると、俳句やコンピューター言葉みたいで、かえって味があるというものだ。──|お早ようございます《グツド・モーニング・サー》。|何 を さし 上げ ます か《ホワツト・シヤル・ウイ・サーブ・フオー・ユー・サー》?……という文句の、びらびらをすべて省略しちまい、モーニングと最後のクエッション・マークだけをとり出して、これに500分の1秒の笑顔をくみあわせれば、すべてが通ずる。別に「朝?」とたずねてるわけではない。  十セント紅茶を……と言おうとして、私はあわてて咳《せき》ばらいした。「宇宙人」からもらった紙片──「二カ月未来の自分」からの第二の指示には、「ピノの店」の「十セント紅茶」を|イタリア語《ヽヽヽヽヽ》で、オーダーしろ、とあった。それも、オーダーには、二人称単数《ヽヽヽヽヽ》を使え、と……。  それを思い出したとたん、体中からどっと汗がふき出した。──大急ぎで二十二、三年前に習ったイタリア語を思い出そうとして、頭の中の、埃《ほこり》だらけの記憶をかきわけながら、そのつなぎにウエイトレスにむかって、 「|イタリア語、話しますか《パルラーテ・ヴオイ・イタリアーナ》?」  ときいた。  ウエイトレスは、ぎゅっ、と眉をしかめ、首をかしげて私をにらみすえた。──その間に、私はあたえるという動詞の変化を、頭の中でくりかえした。変化は何とか思い出したが、「一杯の」という形容がなかなか思い出せず、汗がますますふき出した。  ウエイトレスがしかめっ面していると、ピザを食っているひげもじゃが、ちょっと顔をあげ、変な野郎だ、というようにこちらを見て、ウエイトレスに低い声で何か言った──その客は、少しはイタリア語がわかるらしかったが、たしかに肥った東洋人が、ハワイのレストランにはいって来て、ウエイトレスにイタリア語で「イタリア語はしゃべれるか?」と聞くなんて、おかしな話だったろう。  ひげの男から何か言われたウエイトレスは大股《おおまた》でキッチンの所へ行くと、奥へむかって、大声で、 「ベン!」  とどなった。  奥から肥って眼鏡をかけた男がちょっと顔をのぞかせた。──地中海系らしく、髪も眼も黒い。  その顔を見たとたん、私はふいに奇妙な感じにおそわれた。──何だか、|どこかで見たような《ヽヽヽヽヽヽヽヽヽ》気がしたのだ。  ウエイトレスと、主人らしい男は、何かこちらをちらちら見ながら低声《こごえ》でしゃべっていたが、やがて二人一緒に私の前にやって来た。男は眼鏡の奥の細い眼に、愛想笑いを浮べながらイタリア語で私に話しかけた。 「|何でございましょうか《ケ・コーサ・シニヨーレ》?」  私ののどはぐっとつまった。──動詞変化表にも自信もなかったし、「一杯の……」という言葉はついに思い出さなかったが、こうなれば心臓で、どなるように、 「|紅茶、くれ《ダイ・ミ・テ》!」  あとで思えば「|コップ一杯の《ウノ・ビツキエーレ・デイ》……」とか何とか言わなければならないのだろうが、その時は、めちゃくちゃでも、とにかく意味が通じればいい、と思っていた。  それをきいたとたん、ウエイトレスは、 「ああ! |十セント紅茶《ダイム・テイー》……」  とわかったように叫んだが、主人は、きらっと眼を光らせて、一瞬きびしい顔になった。──そのまま、つかつかとカウンターをまわって出てくると、店の奥の方へ通ずるドアをあけながら、 「|こちらへどうぞ《ヴエンガ・デイ・クイ・シニヨーレ》……」  と手まねきした。  私は言ってしまってから、ふいに妙な気におそわれた。  Dai mi te ……お茶をくれ……。  イタリア語の、「あたえる」という動詞 Dare は、Do, Dai, Da……と変化し、命令形は Dai または Da だから、限定詞をつかっていないにせよ、別にまちがってはいないはずだ……。  だが、それを聞いて、ウエイトレスがその店の名物の「十セント紅茶」とまちがえて叫んだので、変な気分になってしまった。  アメリカで、十セント硬貨の事を、俗称「ダイム」と言うのは、知っている人も多いだろう。──ついでに言えば、五セント硬貨が「ニクル」──日本語式に発音すれば�ニッケル�であり、二十五セント硬貨が「クオーター」である。だから、安物のステーキを「|一ドル《ワンダラー》ステーキ」というように、十セント紅茶を、dime tea とよぶのも、別に変ではない。日本より食物は安いとはいえ、物価高のホノルルのレストランで、紅茶一杯十セントといえば、破格の安さだからよびものにはなるだろう。  しかし、dime tea と Dai mi te……英語の�|十セント紅茶《ダイム・テイー》�と、イタリア語の�|紅茶をくれ《ダイ・ミ・テ》�と、それぞれ発音してみると、この二つの言葉のひびきがあまりに似ているのに、私はびっくりさせられた。  しかもその二つともが、ダイミテイ……「題未定《ヽヽヽ》」ときこえるのだ!  これは単なる偶然だろうか?──あるいは、連載の題がなかなかきまらず、「二カ月未来の自分」からの指示に、「題を無理にきめるな」とあった事と関係があるのだろうか? もしそうとしたら──おそろしく悪い洒落《しやれ》だし、いったいこんな語呂《ごろ》あわせに、何の意味があるのかさっぱりわからない。 「|どうぞ、お早く《プレスト・ペル・フアヴオーレ》……」  と主人は、いらいらしたように顎をしゃくった。  私は、何となく脳貧血でも起しそうな気分で、のろのろとドアをくぐった。      9  ドアの奥はせまい通路で、一方が窓のない壁、もう一方が事務所になっているらしかった。──主人はかまわず通路をつきあたり、つき当りの壁としか見えない羽目を、ポケットからとり出した鍵でガチャガチャやっていたが、やがてその壁を横にひきあけると、再び手まねきをした。  そのむこうはエレベーターになっている。  四、五人のったらいっぱいになりそうなエレベーターにのり、地下へむかっておりながら、主人はまるまっちい手をさし出して、 「ベンです……」と日本語で言った。「ベンと言ったって、ユダヤ系じゃない。本名はベンヴェヌート……ルネッサンス期のイタリアにベンヴェヌート・チェリニって、有名な鍛冶《かじ》屋剣士がいたでしょ。あれと同じです。ベンヴェヌート・ピノーロサッコがフルネームですが、長ったらしいからベンでもピノでもどちらでも好きな方をよんでください。ピノーロサッコなんて変な名で、……�松の実入りの大袋�というぐらいの意味ですがね。|松の実《ピノーロ》って、知ってますか? 韓国じゃあれを、塩にまぶして強精剤として食べますよね。ちょっと油っこい、小さなピーナッツみたいで、ビールのつまみなんかにいいが……|松の実《ピノーロ》のもう一つの言い方知ってますか?──ほら、コル[#小さな「ル」]ローディの童話で有名な�ピノッキオ�ですよ。もっともこっちは�松の眼�といったニュアンスがありますが……」 「なるほど……」私はベンのおやじのおしゃべりに面くらいながら、口をはさんだ。「ですが、ピノさん……」 「ああそれから、この土地で、年寄りに�ピノ�ってきくと、親父とまちがえますから、ベン・ピノとよぶか、ピノ・ミノーレってよんでください。──親父は、海水から安く金《きん》をとる、なんて山師的事業にとっつかれて、そっちの方で悪名高いんで……今じゃ隠退して東海岸に住んでますがね。ピノ・ピッコロ(小《ヽ》ピノ)とよんでもらってもいいが、これは兄貴のピエトロの事とまちがえる人もいる。これは今、かたい会社につとめてます。私は次男なんで、�|より小さ《ミノーレ》い�ってよばれてます……」 「わかりました……」私は辟易《へきえき》しながらさえぎった。「日本語がずいぶん達者ですね」 「そりゃそうでしょう。親父がイタリアの船乗りで、日本で船を上って日独混血の女性と結婚して、私は東京でうまれ、終戦まで横浜で育ちました。──戦前は、日独伊三国同盟の申し子だ、なんて、ずいぶんもてはやされたもんですが……」ベンはちょっと眼をしばたたいた。「戦後は……ひどいもんです。終戦前に、バドリオ政権が連合軍側についたというので、親父は抑留され、それから獄中で、変なアイデアにとりつかれ……本当言えば、私は物書きになりたかった。──『イタリア人』を書いたルイジ・パゾリーニみたいに、『|日本人、独逸人、伊太利人《ジヤポネーゼ・テデスコ・エ・イタリアーノ》』という本を書こうと思ってたんですが……それが、今じゃごらんの通り、ピザ・レストランのおやじです」 「ところで……」私はエレベーターの中を見まわしながらつぶやいた。「このエレベーター、ずいぶん深くおりますね」 「ワイキキ・ビーチなんてとこは、ちょっと掘りゃすぐ海水が湧いてくるし、下はすぐ岩盤ですからね。小さな家じゃ、地下室もなかなか掘れないんですが、こいつは特別《ヽヽ》です。わかってるでしょう?──ああ、つきました」  エレベーターがとまり、ドアがあいた。──ドアの向うに、うす暗い電灯に照らされた、長いコンクリートうちはなしの地下道がのびていて、つきあたりに、どっしりした、金庫のような鋼鉄製のドアが見え、真中に大きなハンドルがにぶく光っている。  ベンのあとについて行くと、かたい床に、足音が、にぶく、不気味に錯綜《さくそう》してひびきわたった。  つき当りのドア・ハンドルをぐるぐるまわし、力をこめてひきあけると、ベンは私をうながした。  中にはいってみると、そこはいやにだだっぴろい、がらんとした部屋だった。  中央に小さな絨毯《じゆうたん》をしいてその上にソファ、椅子とテーブルがあり、そのあたりだけがぼんやりほの暗い明りにうき上っているが、部屋の隅にある什器《じゆうき》、家具類は、何だかうす暗くよく見えない。  ──エアコンディショニングはしてあるらしいが、深い地下らしく、空気は冷やりとしてしめっぽい。 「さて……」  ベンはドアをきっちりしめ、腕時計を見ながら、つぶやいた。 「くるのが十分ほどおくれたけど、時間はまだ少しあります。何か飲みますか? バーボン? スコッチ?──それともビール? ジンもあります」 「今、酒はけっこう……」私はおずおずと皮張りのアームチェアに腰をおろしながら答えた。「シュヴェップスかカナダ・ドライか……そんなものでいいです」  ベンは、ほの暗い片隅に行って、冷蔵庫らしいものをあけた。──おちついてみると、部屋のもう一方の隅から、かすかにジイジイと虫の鳴くような音がきこえてくる。間をおいて、カチャッ……カチャッ……と何かのクロックが時をきざむ音もする。  暗くてわからないが、部屋の奥に、機械がすわっているらしい。  闇の奥に、赤、緑、黄のパイロットランプが、鬼火のように点滅しているのが見える。ベンが、飲物のグラスを持って来て、テーブルの上においた。──私が、氷入りのカナダ・ドライを、ぽかんとした顔をして飲んでいると、ベンはまたいそがしく別の隅に行き、今度は小さな金庫らしいものを開けて、そこから数葉の書類をとり出すと、私のむかいにすわり、テーブルの上に書類をひろげた。 「ええと……もう間もなく、指示がくると思いますが、ざっとこれまでの状況を申し上げておきましょう。──このステーションは、御存知のように、レンジは、プラスマイナス千年ですが、問題は、もっと幅が広いかも知れません。アウトレンジだった場合は、管制本部がまた何か先方《ヽヽ》で、手を打つはずです。どこがどうこんがらかっているのか、行ってみていただかないとわからないと思いますが、場合によっては、|次 元 転換 機《デイメンシヨン・コンバーター》を使わなければならないかも知れません。万一の場合にそなえて、使用許可申請中ですが、スタンバイできるのに、まだ二十四時間はかかると思います。覚悟しておいてください。──まあ、うまく行けば、せいぜい日本の、江戸時代《ヽヽヽヽ》ぐらいで解決するかも知れませんが、最悪の場合は、こちらも非常措置をとらざるを得ないかも知れない。そうなったら──あなたもどうなるかわかっているでしょう?」 「ちょ、ちょっと待ってくれ……」私は立て板に水とまくしたてるベンの鼻先で手をふりまわした。「そんなにべらべらやられたって、何が何だかさっぱりわからん。──いったい、あんたは何を言ってるんだ? いったいなぜ、ぼくが、こんな事にひっぱりこまれなけりゃならないんだ?」 「|なぜ《ヽヽ》ですって?」ベンは、あの「宇宙人」のように、射すくめるような眼で私を見た。「今さら、|なぜ《ヽヽ》はないでしょう、小松さん……。あなたが、この�厄介事�をひき起した責任者なんだから……」 「ああ……ぼくをここへ連れて来た──んだろうと思うが、……あの小っちゃな�宇宙人�も、そんな事言ってたよ」私はぐったりして、掌《てのひら》で顔をこすった。「だけど……ぼくにゃ、何が何だかさっぱりわからない……。いったい今、何日だ?」 「ここへはいって来たら、|日付け《ヽヽヽ》なんか問題になりませんよ……」  ベンはうすく笑いをうかべた。 「そんな事言わないで、教えてくれ。──七月二十七日?──いや、ハワイは日付け変更線で一日もどるから、二十六日?」 「さあね……。|さっきまでは《ヽヽヽヽヽヽ》、そうかも知れませんね。あなたが、私の店にはいって来た時はね」相変らず、謎《なぞ》めいた笑いをうかべながら、ベンは言った。「正確に言いますとね──いや、実を言うと、ちっとも正確じゃないんだが……。あなたが、�未来の小松左京�から�指令�をもらったのは、七月二十七日の真夜中でした。しかし、それを読んで、猫の鳴き声をきき、あなたが何が何だかわからないままに、ふらふら家の外へ出た──そして出たとたんに、あなたの家の外の世界は、|八月四日の午前二時《ヽヽヽヽヽヽヽヽヽ》になっていたんです」      10 「なんだって?」私はぎょっとした。「そんな馬鹿な!──家の中と外で、一週間《ヽヽヽ》も時間がちがうなんて!──ドアをあけて、一歩外へ出ただけで、一週間たっちまうなんてそんな……」 「それだけじゃない。──あなたが、あのプロキオン星の円盤の、|遠隔 投射 装置《テレポート・プロジエクター》で、|一瞬のうちに《ヽヽヽヽヽヽ》、大阪郊外の、あなたの家の近所からホノルルへ移動し、それから私の店を見つけ、ドアをあけようとした。──そこまでは、ハワイ時間の八月三日午前七時四十分です。しかし、あなたが、私のレストランの中へはいったとたん、八月十二日《ヽヽヽヽヽ》の午前七時四十分になったんです」 「また一週間たっちまったって言うのか?」私はカッとなってどなった。「そんな……そんなおかしな|ドア《ヽヽ》があっちこっちにあるなんて、……ちくしょう! 消費者団体に訴えて、ドア屋の告発をしなきゃならん。ドアを出たりはいったりするたんびに、一週間も二週間もひょいひょいたっちまうなんて、もしこれで、手形でもふり出していてみろ、えらい事に……」  そこまで言いかけて、私は、あッ、と叫んで、まっさおになって立ち上った。 「大変だ!……あれからもう二週間もたっているなんて……『週刊S』の新連載の締切りがすぎちゃってる!──もう間にあわない! 泣き虫編集者のM君が、ソーメンで首をくくってるかも知れない。編集長が辞表を書いて、『週刊S』が、三種郵便をとり消されて、出版社が不渡りを……」 「まあ落ち着きなさい。今さらジタバタしたってはじまらない。──『週刊S』だって、あの出版社だって、あなたの小説がのらないくらいで、がたつく事はありません」 「でも、これでおれが出版界に信用を失い、読者に弾劾《だんがい》され、社会的に葬《ほうむ》られたらどうなるんだ?」私はわなわなふるえながら言った。「そうだ!──まだ、|連載を始めない《ヽヽヽヽヽヽヽ》うちから、もう�読者の批難の警告�が来てた。もうこれで、おれの作家的生命はおわりだ。仕事はなくなり、やけ酒で体をこわし、妻子は路頭に迷い、ネコどもはがりがりにやせて、生《なま》のカボチャに歯型をたてて飢え死にするんだ。どうしたらいいんだよう……」  私は泣き声になった。──最後の所など、編集部のM君そっくりの泣き声だった。朱《しゆ》に交《まじ》われば赤くなるで、どうもやつの癖《くせ》がうつったらしい。 「いいかげんにしてくださいよ」ベンはうんざりしたように首をふった。「みっともないですよ。日本を沈めたり売りとばしたりして、がっぽりかせいだ人が……」 「でも、あんなもの、とっくの昔に税金でもってかれちゃったよ。インフレ不景気のこの世の中で貧乏に追いつく稼ぎなしだよ」  と、私は今年度の税金申告対策用に、なおも泣き言を言った。──物書きたるもの、いついかなる所でも、税務署の事を忘れてはならないのである。 「まあ、いいですよ。──あなたがそんなにオタオタしなくても、『週刊S』の連載の方は、もうちゃんと、はじまっちゃってますよ」 「えッ? ほんとか?」私はわくわくしながらききかえした。「それじゃやっぱり、編集部の方は、ぼくが一週間、二週間、とびこえて雲がくれしちまったんで、あきらめて誰か代役をたてて……」 「そうじゃありません……」ベンはあきらめたように書類をまとめた。「やっぱり、|あなた《ヽヽヽ》が、書いてるんです……」 「そんな──おれにゃあゴーストライターなんて気のきいたものはいないぞ!」  今度はカッとなった。──ふだんからはかった事はないが、どうもだんだん血圧が上ってくるような気がする。 「幽霊《ゴースト》なんて、もしめっかったら、テレビショーやお盆映画にひっぱりだこで、ごっそりギャラをかせいでらあ……SF作家の代筆をやってくれるような、しけた幽霊《ヽヽ》なんざいるわけがない」 「何もゴーストライターが書いているわけじゃありません。──書いてるのは、|あなた自身《ヽヽヽヽヽ》です……」 「そんな事!」どうもいけない。今度は全身が、ゾッと鳥肌だった。「あり得ない……。だって、おれは今|ここに《ヽヽヽ》いる。第一回の締切ぎりぎりで、書けないでうなってる時に、あの変な手紙が来て、ふらふらと出ちまって、そしてみっともない話だが、�円盤�にあって、いきなりホノルルへ�転送�されちまったんだから……。最初の方はちょっと書き上げていたが、まだ第一回分もできていないはずだ……」 「それがちゃんと掲載されてるんですよ」ベンはニタニタ笑った。「なんなら、航空会社かどこかへ行って、掲載誌をさがして来ましょうか?」 「だけど……ちょっとまってくれ」部屋の中がぐるぐるまわり出した。「ここにいるぼくは……|ぼく《ヽヽ》だな」 「そうですよ」ベンはドライ・マティニをうまそうにすすりながらうなずいた。「何なら、懐《ふところ》のパスポートとくらべてみたらどうです?」 「だのに……|ぼく《ヽヽ》は……ちゃんと『週刊S』の連載を書いてる……」 「もう連載の三回目です」とベンはウインクしてみせた。「�題�は相変らずきまってないみたいです」 「どうなっちゃってるんだ?」私は弱々しくつぶやいた。「ここにいるおれは……たしかに|おれ《ヽヽ》だ。だが……家にいて小説連載をまじめに書いてる|おれ《ヽヽ》は……|一体誰なんだ《ヽヽヽヽヽヽ》?」 「何だか、落語にそんなネタがありましたね」ベンはグラスをちょっと明りにすかして、またチビリとのんだ。「たしか�粗忽長屋《そこつながや》�って落語《はなし》でした……」 「イタマがアタい……」と私は泣き声をたてた。「ドキがムネムネする……ヨロがアシアシ……」 「そのせりふは、ずっと昔、自分で書いた�時間エージェント�って作品の中で使ったでしょう?」とベンはひややかに言った。 「脳捻転《ヽヽヽ》だ……」私は頭をかかえてうずくまった。「脳がショートした! 二箇所でしたからショート・ショート……」 「そいつも、連載の第一回《ヽヽヽ》に使ってるはずですよ」ベンはピシャリとたたきつけるように叫んだ。「おんなじ駄洒落《だじやれ》を、二週間のうちに二度もつかうなんて、恥を知りなさい。それでも作家ですか!」 「だって──|おれ《ヽヽ》は知らないぞ。書いたのは、|もう一人のおれ《ヽヽヽヽヽヽヽ》だろう」 「どっちにしたって同じ事ですよ。いくら才能が枯渇《こかつ》したと言ったって、ほんとにみっともないっちゃありゃしない……」 「だけど……|そいつ《ヽヽヽ》は、いったい|何を《ヽヽ》書いてるんだ?」私は蚊の鳴くような声できいた。「どんな話を書いてるんだ?」 「|こんな話《ヽヽヽヽ》です……」と、ベンはおどすように顔をつき出した──ベンの顔が「のっぺらぼう」にでもなるのかと思って、私はとび上った。 「こ、こんな話って……どんな話?」 「|これ《ヽヽ》ですよ──あなたが、猫のケンカを追って外へ出て、円盤《ヽヽ》を見、宇宙人《ヽヽヽ》にあい、ホノルルへとばされて、私のレストランへ来て、今、|ここ《ヽヽ》で、私とこうやってしゃべってる話……」 「どうして|やつ《ヽヽ》は、そんな事を知ってるんだ? |やつ《ヽヽ》は今──|家に《ヽヽ》いるのに……」 「知ってて当然でしょう? �書いている小松左京�は、�ここにいる小松左京�と同一人物《ヽヽヽヽ》なんだから……」  私は、からからに乾《かわ》いた唇を、カナダ・ドライでしめそうとして、はげしくむせた。──咳《せき》がしずまると、気分がひどく滅入《めい》った。 「今まで、どうして�私小説《ヽヽヽ》�ってものが書けなかったかやっとわかったよ」私はかすれた声で言った。「�自分を主人公にした小説�なんて、……よくまあ、こんなむずかしいものを書くもんだな。|書いてる《ヽヽヽヽ》自分と、|書かれ《ヽヽヽ》てる自分と……そこらへんをどう処理してるんだろう? 何だか頭がこんがらかって、おかしくなっちまった……」 「あなただって頭がこんがらかるでしょうが、こんなおかしな、こんがらかった話を読まされる読者の身にもなってごらんなさい」ベンはえらそうに言った。「申し訳ない、と思ったら、今、この条《くだ》りを読んでる読者《ヽヽ》にあやまりなさい……」  そう言って、ベンは、紙面《ヽヽ》をさした。  私はベンのさした方をふりかえった。──その室内から見ると、ベンのさした壁が半透明にすき通って、活字が裏《ヽ》になって、びっしりならんでいた。そのむこうに、何かギョロギョロする大きな球が二つ見えたが、それが今、このページを読んでいる読者の眼であろう。 「妙な話を読ませちゃって申し訳ありません。ごめんなさい……」私は紙面《ヽヽ》の裏側から頭をさげた。「あやまってます。──見えてますか? 見えなかったら、插絵画家に描いてもらいますから……」 「手をふっちゃいけません!」ベンは舌打ちした。「読んでる人が眼をまわしたらどうします!」  その時──部屋の片隅で、突然カタカタと、テレタイプらしいひびきが起った。 「来た!」  と小さく叫んで、ベンはその音の方へすっとんで行った。      11 「ははあ……」とベンはテレタイプの紙片を見ながらつぶやいた。「こりゃ厄介な事になりそうだ……」 「厄介な事にはもうまきこまれてるよ」私はうんざりしながら、カナダ・ドライのグラスと、ベンの飲んでいたドライ・マティニのグラスをすりかえた。「ドアをひょいとあけたら、一週間も二週間も時間がとんじまうんだ。──これを厄介事といわずして、何ぞやだ」 「そのくらい、なんです?──SF作家にかぎらず、小説家なんかが、作品の中で、しょっちゅうやってるじゃありませんか。一行変ったら、�それから三年たった�なんて、ぬけぬけと時間をとばしちまうんだから……」  ベンは紙片を持ってテーブルの所へかえって来て、どっかとソファに腰をおろし、考えこんだ。 「こりゃ大変だな……。インド古代はあとまわしにするにしても、日本だけでもチェック時空域《じくういき》が二つある。一つは七世紀後半、もう一つは十七世紀中葉……江戸時代はいいとして、七世紀となると、このステーションからだと、予備パワーを一ぱいに使って、ビーム・フォーカスをしぼりこんでも、アウトレンジぎりぎりになる……。どうします? むろん、自動中継《オート・リレー》をつかいますが、千年以上過去になると、どうしても、投射パワーが弱くなって、超多孔空間の自然時空波動の干渉をうけやすい。という事は……ピン・ポイントがむずかしくなって、最悪の場合は、被移送体自体が拡散《ダイバージ》してしまう……。あなたが完全に消えてしまうか、それとも、|パターン《ヽヽヽヽ》だけ維持されていて、密度のうんと稀薄な……つまり、あなたの�幽霊《ヽヽ》�みたいなものが、あっちこっちの時空域にいくつもできるか、という事になりかねない。まあ、そんな事が起るのは、万に一つ、いや億に一つですけどね……」 「おい待ってくれ……」私は、三分の二以上のこっていたドライ・マティニを、ついがぶっと飲みほした。「君はいったい、何を言ってるんだ?」 「しかし──先に十七世紀、三代将軍家光治下の江戸|乃至《ないし》は上方へ行くとなると、こりゃ厄介なんです。十七世紀日本には、歪曲《ワープ》ビームのステーションがまだ設置してないので、そこから未来へでなく過去へ行こうとすると、�可動型時間機《タイム・マシン》�で、小きざみに溯《さかのぼ》るよりしかたないんですが、今十七世紀にあるやつは、一回の時空|跳躍《ジヤンプ》でせいぜい三百年……それに、ガイド・ビームもないから、目標点のセットは、自分でやらなけりゃならないし、途中まるっきりの盲目跳躍《もうもくジヤンプ》です。あなた一人じゃちょっとむりでしょう。となると、十七世紀に先へ行くと、一たんこちらへ収容して、また七世紀へとばす事になる。──こりゃなれない人には相当体にこたえますよ。七世紀へ先に行って、次に十七世紀へ跳躍《ジヤンプ》してくるんだったら、これは簡単ですし、跳躍《ジヤンプ》回数もすくなくてすむ。完全にこちらでコントロールできます。収納ビームを七世紀と十七世紀を一直線にセットしておいて、十七世紀まで来た所で、おろせばいいんですからね。……どっちを先にします?」 「どっちを先にしますの、どうしますのって言ったって……何をどうすりゃいいんだ?」私はあわててベンをさえぎった。「ちょっと聞きたいけど、ベン……あんたの言っている事は……ひょっとしたら、ぼくに�時間旅行《タイム・トラベル》�をやれっていう事なのかい? ここには……あの……時間機械《タイム・マシン》があるの?」 「正確には、時間《タイム》ステーションがある、と言ってほしいですね……」ベンはちらと私の顔を見た。「�時空場歪曲ビーム投射装置�が設置されています。H・G・ウェルズタイプの時間機械《タイム・マシン》にくらべたら、ライトが初めてとんだ飛行機と、マッハ三のジェット戦闘機、あるいはジャンボ・ジェットやスペース・シャトルぐらいのちがいがあります。あなた自身、書いてたから知ってるでしょう?」 「そりゃ……|SF《ヽヽ》の中じゃいくらでもそんなものでっち上げたけどね……」私は赤くなってもごもご口ごもった。「だけど……現実《ヽヽ》に、そんなものが……時間機械《タイム・マシン》や時間《タイム》ステーションが、ワイキキのレストランの地下に存在するなんて……どうも信じられん……。�プロキオン星の円盤《ヽヽ》�だの、�宇宙人《ヽヽヽ》�なんてものも……そりゃいろんな連中が──たとえばわれわれの仲間の南山宏なんかは、実在説だけど……そんな……ぼく自身はまだ……実在するとは……」 「だが、それが現実《ヽヽ》にあるんですよ……」ベンはグラスをとり上げながら、一方の手でテーブルをたたいた。「はっきり言うと、そんなSF的な存在が、現実にあるように、|なっちまった《ヽヽヽヽヽヽ》んですよ! そして──こうなったのは……こんな事になっちまったのは、みんな、|あなたのせい《ヽヽヽヽヽヽ》なんですよ!」 「そこんところがよくわからない……」私はまたもや泣き声で鼻を鳴らした。──日本へ帰ったら編集部のM君とは、絶交しなければ……。「�二カ月未来の|おれ《ヽヽ》�も、家の近所で出あった�プロキオン星の宇宙人�も、それからベン、君も──みんな、�こんな事になったのは|お前のせいだ《ヽヽヽヽヽヽ》�って、ぼくを責めるんだが……いったいぼくが何をしたと言うんだ。ぼくが何をしたから、|何が起った《ヽヽヽヽヽ》と言うんだ?──そして、ぼくに|何をしろ《ヽヽヽヽ》と言うんだ?」  ベンは、困った人だ、というように首をふって、カナダ・ドライをがぶりと飲んだ。──それから、おそろしい眼付きで、私の持っているグラスをにらんだ。 「あなた──私のとすりかえましたね?」 「そんなこわい顔するなよ。──ちょっと気が変って、飲んでみたくなっただけだよ」私はおろおろしながら腰をうかした。「またつくればいいじゃないか……。今度はぼくがつくろうか? ベルモットはどのくらい? �プレスクラブ風�に、コルクでグラスの縁をちょっとこするだけでいいかい?」 「まあいいですよ……」ベンは太い溜息をついた。「あなたを送り出しちゃったら、あとで浴びるほど飲むとしましょう。──とにかく、今は、あなたが|何を《ヽヽ》したか、そのためにどんな�厄介な事�が起ったか、という事をこまかく説明しているひまはないんです。どうせあなただって、徐々に気がつくだろうし、だんだんわかって来ます。あなたが|何を《ヽヽ》すればいいかって?──あなたのせいで起った、この�厄介事�のかたをつける事です。あなた自身が起した事だから、あなた自身がかたをつけるべきだし、まあ、あなた以外の|誰にも《ヽヽヽ》、かたをつけられないんです。──さあ来た……」  突然、ベンの背後で、かすかに、ビーッ、ビーッ、というシグナルが鳴りはじめた。──ベンは立ち上ると、強い緑の光の点滅している機械の傍《かたわら》に行って、何か調整をしはじめた。 「時空間移動管制局から、�投射オーケー�が出ました。超時空間状態監視所からも、七世紀までの歪曲《ワープ》コース状況良好のサインが来ています。──セットもできました。じゃ……一つ、|とんで《ヽヽヽ》もらいます」 「一人で行くのかい?」私はのろのろと立ち上って、ベンに近づきながら言った。「君も一緒に行ってくれるんじゃないのか? あるいは……|ぼくのかわりに《ヽヽヽヽヽヽヽ》、行ってくれるわけには行かんかね?」 「なぜ──今になって、そんな事言うんです。言ったでしょう? これは|あなた自身《ヽヽヽヽヽ》にしか、できない事だからって……」 「なぜって……ぼくたち、|よく似ているから《ヽヽヽヽヽヽヽヽ》さ、ベン……」  私はベンの顔をじっと見かえした。──ベンと私は、背恰好《せかつこう》も、肥り具合も、よく似ていた。髪と眼はどちらも黒だったし、顔つきだって、かなりよく似ていた。彼の方が、少し肌の色が白く、少し鼻が高く、少し眼窩《がんか》がおちくぼんでいたが……。 「二カ月先にいるぼくや、今、家で汗をふきふき原稿を書いているぼくのような、�完全な複製�とちがって、|少しずれた《ヽヽヽヽヽ》分身かも知れない、とさっきから思ってるんだ。──エレベーターの中の、君のおしゃべりを聞きながら、何だか奇妙な感じがずっとしていた。その前に、どうも、この�奇妙な事態�の中には、�語呂《ごろ》合せ�みたいな事が、糸みたいにくみこまれている、と感じ出したんだ。�題未定�と、dime tea と Dai mi te とね……。それがどういうしかけになってるのかまだわからないが、その事を考えている所へ、君の自己紹介があった。──|Pino《ピノー》|losacco《ロサツコ》 というのが君のファミリイ・ネームで、通称 Pino だね。イタリア語のピノは、英語のパインで、�松�って意味だという事ぐらい、ぼくも、イタリア語を習ったから、知ってるよ。そして、君のお父さん──おそらく体が大きくもあって Pino Grande�大ピノ�とよばれているのに対して、Pino Piccolo あるいは Pino Minore とよべと言ったね。�小さいピノ�、または�より小さいピノ�という意味だ。�小さいピノ�すなわち�小松《ヽヽ》�じゃないか。|Pino《ピノー》|losacco《ロサツコ》 にいたっては、ぼくのフルネームとペンネームが両方はいっている。Sacco は、ぼくのペンネームの�左京�に通じるし……本名の方は、|Minore《ミノーレ》 にも、|松の実《ピノーロ》にもふくまれている。なぜって、ぼくの本名《ヽヽ》は、�実《みのる》�だからね……」  ベンは、無表情な顔つきで、私の饒舌《じようぜつ》をきいていた。──私は図にのって、さらにつづけた。 「ぼくは君のように、日独伊混血じゃない。が、大学でイタリア文学をやった。──出来の悪い学生で、ほとんどおぼえちゃいないけどさ。君は東京生れの横浜育ち、ぼくは大阪生れの神戸育ち……そのほかいろんな面でパターンが似ていないか? いろんな点で、君は、ぼく自身の、ちょっと|パターンのずれた《ヽヽヽヽヽヽヽヽ》�分身�じゃないか、と思うけど、どうだい?」  ベンは、ふっ、と鼻で笑った。 「なるほどね──|向う《ヽヽ》へ行くのがいやなせいかも知れないが、よくこじつけたもんだ……」と、彼は片頬をゆがめて言った。「みごとなこじつけだが……私のファースト・ネーム、�ベンヴェヌート�の解釈を忘れてますよ。|Benvenuto《ベンヴエヌート》 は、ご存知の通り、英語の�ウェルカム�──私のフルネームは、�ウェルカム・小松・実・左京�って意味になりまさあ。いや、まったく、御到来を首を長くしてお待ちしてましたよ。さあ、もうおしゃべりはそのくらいにして、こちらへ来て、そこへたってください。──ああ、費用として、お持ちのT・C全額いただきましょう」  ベンは私からトラベラーズ・チェックをとり上げると、私を部屋の奥の暗がりにたたせた。  今になって、私は本当にあわてた。  ──冗談じゃない! 二週間をあっという間にとびこして、家族にだまってハワイへ来てしまったのにさえ、泡食っているのに、ここからさらに、七世紀後半《ヽヽヽヽヽ》の日本になぞ送りこまれたら、それこそ眼をまわしてしまうだろう。 「おい、ベン……」私は、何か機械を操作しているベンの方に行きかけた。「いきなり千二百年も前に送りこまれたって……いったい何がどうなるのか……」 「おっと──もうフィールドが作動しはじめていますからね、動いちゃいけません。フィールドにさわるとはねとばされますよ」ベンは次第に唸りをたかめつつある機械の向うで叫んだ。「大丈夫──むこうへ行ったら、ちゃんとガイドがいて、いろいろやってくれますから……」 「七世紀後半って言ったって、いったいいつごろなんだ?」私は心細くなってわめいた。「少しは�心がまえ�ってものがいるよ。教えてくれ!」 「ええと、……指令では、西暦六七〇年前後……近江京《ヽヽヽ》のころですね。じゃ……」  私のまわりに、|何か《ヽヽ》が立ちこめはじめ、部屋の壁、天井、床、そしてそれを背景に立つベンの姿が、陽炎《かげろう》を通してみるようにゆらぎはじめた。 「うまくやってくださいよ……」とベンが手をあげて叫んだ。「うまくやってくれれば……私だって助かります。私だって……こんな所で、安レストランの傍《かたわら》、こんなおかしな事をしているのは、自分の本意じゃないんですから。私は……元来が物書きになりたかったんだ。あなたさえ、うまくやってくれたら……」  そこまで言った時、突如として、猛烈な、灰色の�力�が、波うちながら私の四方からおそいかかって来た。──私の五体は、あっという間にその波にもまれてくしゃくしゃになり、独楽《こま》のように回転しながら、途方もないスピードで、どこかへ吹きとばされた。 [#改ページ]  ついに図々しく居直り出し、依然として              あるいは、またまた変るかもしれない  題 未 定  第2回  仮題として              大海帝の秘密──1[#「大海帝の秘密──1」はゴシック体] [#改ページ]      12  あたりは真暗で何も見えなかった。  まわりに強烈な草のにおいがたちこめている。  どこかで、ジーッ……ジーッ……と、機械の唸るような音がきこえて来た。──が、やがてそれは、地虫《じむし》の鳴き声らしい事がわかった。  私は、浅い草原の上にうつぶせにたおれていた。──起き上ると、服の前面が夜露《よつゆ》にびっしょりぬれているのがわかった。  空の一角が、かすかにほの白い。  月があるらしいが、そのほの明りもどんどん濃くなって行く黒雲にぬりつぶされようとしている。  まわりを見まわしたが、明りらしいものも何も見えない。時折り、生ぬるい地ずりの風が、ざっ、ざっ、と草をゆり動かして行く音が聞えるだけだった。  私は脛《すね》にまといつく草をかきわけて、あてもなく歩き出した。──どこか、国道にでも出れば、タクシーでも走ってくるだろう、と思ったのだ。  だが、周囲のあまりの暗さに、ちょっと不安になった。  ──停電かな?  と、思って、私は立ちどまった。  左手の方に、星一つない暗い空を背景に、黒々と山脈がそびえたつのが見える。──あるかなきかの空の明りに、もくもくと黒く地から湧《わ》きのぼる、森らしいものの姿もやっと見えた。  その時になって、私はやっと思い出した。  ──ついさっきまでホノルル市ワイキキ通りのはずれ、カピオラニ公園の角、「ピノのレストラン」の地下にいて、あのベンヴェヌート・ピノーロサッコという、あやしげなイタリア人としゃべっていた事を……。あそこから……あの地下室から、いったいどうやって、|ここ《ヽヽ》へはこばれたのか?  突然、膝ががくがくふるえ出した。  やっと思い出して来た……。「ピノのレストラン」の地下は、時間《タイム》ステーションになっていて、──私には、そんなSFに出てくるようなものが、この世に実在するとはどうしても思えないのだが──そこから彼は、私を、七世紀後半《ヽヽヽヽヽ》の日本に送りこむ、と言っていた。私はあの妙な場所に立たされ……。  するとここは──七世紀後半の日本なのか? それにしても、日本の|どこ《ヽヽ》だ?  ベンは、「六七〇年ごろ、近江《おうみ》京の時代」と言っていたが……ここは、天智《てんち》帝──あの|中臣 鎌足《なかとみのかまたり》と組んで大化改新をやった中大兄皇子《なかのおおえのおうじ》が、百済《くだら》救援のために朝鮮半島に出兵し、白村江《はくすきのえ》で唐・新羅《しらぎ》連合軍に完敗したあと、大和から急遽遷都《きゆうきよせんと》したという、近江京のちかくなのか?  そういえば、左手に黒々とそびえる山嶺は比叡山《ひえいざん》のような気がした。──地ずりに吹く不気味な夜風に、かすかになまぐささがまじるのは、琵琶《びわ》湖の水のにおいかも知れない。  それにしても、ここはいったい、近江の国のどこらあたりだろう?──都城《とじよう》がちかいとすれば、たとえどんなに夜がふけていたにしても、舎人《とねり》、靫負《ゆげい》の兵《つわもの》どもが徹宵禁門《てつしようきんもん》をまもるかがり火ぐらい見えてもよさそうなものだ。  だが、あたりはまったく漆黒《しつこく》と言っていいほどの闇がたちこめ、ただ颯々《さつさつ》と地をする風、ごうごうと夜空の底をとどろかせてわたって行く風、そして、天と地の間《はざま》にあって、ざわざわと夜の闇をかきまわす森の梢《こずえ》のさわぎがひびいてくるばかりだった。  さっきまできこえていた地虫の鳴く声も、今ははたとやみ、四囲から押しよせ、押しつつむ闇の圧力に、ただ体が自分のものでないように細かくふるえるばかりだった。  気をおちつかせようと思って、手は反射的に上衣のポケットをさぐった。──手さぐりで煙草《たばこ》とライターをとり出し、ふるえる手で火をつけようとした時……!  声のない気合のようなものが、傍の草むらから走って、ヒュッ、と風を切ってとんで来た礫《つぶて》が、ライターと煙草をはじきとばした。 「あッ!」  と私は思わず叫んで、はねとばされたライターをつかもうと、宙に手をのばした。 「ばか!」  と、草むらの中から、低い、はげしい声がした。 「いま、火をともすやつがあるか!──見つかれば命がないぞ!」 「で、でも、ライター……」と私は頭に血がのぼって、おろおろと、ライターがとんだと思える草むらのあたりをかきまわした。「あのライター、高いんだ。ダンヒルで、買ったら五万円もする。推理作家協会賞をもらった時、週刊Sの編集長が、お祝いにくれたんだ……」 「しッ!」  と、また叱声がとんで、私はいきなり草むらからのびた腕に胸ぐらをつかまれ、草の中にひきずりたおされた。 「ほら、ライターはここにある……。大声をたてるな。今はライターどころじゃない」  相手の手から、こちらの手にぐいと何かを押しつけられ、それが手ざわりで自分のライターとわかると、私はほっとして体の力がぬけた。──何しろ、なじんだ道具というものは、何ものにも替えがたい所がある。 「右手を見ろ……」と、草むらの中に私とならんで伏せた、得体《えたい》の知れない人物は、押し殺した声でささやいた。「森の方だ」  私は草むらからおずおずと首をのばして、右手へ視線をうつして行った。  たしかに右手に黒々ともり上る森らしいものが見えた。  と──。  その森の横手に、ポッ、と赤い火が燃え上った。──小さい点のようにゆらぐ炎《ほのお》は、見る見るうちに数がふえ、行列になって、闇の中をゆらゆらただよいながら、森へむかって進んで行く。まるで話にきく狐火か、死者の魂の列のように……。 「上衣をぬげ……」  と隣りの声は言った。──壮年男子らしい、押しの強い、有無《うむ》を言わさぬ調子だった。 「あとでかえしてくれるのかい?」  と、私はきいた。  ──パスポートと財布はぬいておいた方がいいかな、と思いながら……。 「自分で持ってろ……」と闇の中から返事がかえって来た。「シャツは白だな……。そいつを頭からかぶって顔をかくせ……。ネクタイなんざはずすんだ……」 「なぜ……」私はどぎまぎしながらきいた。「そんな事するんだ?──あんたは一体誰だ? ここは一体……」 「そんな事はいずれわかる……」と相手は言った。「いいか、言われた通りするんだ。──間もなく、あの火が消える。すると、神輿《みこし》をかついだ行列が、この前を通って行く。この左手に、円《まる》い丘があって、上に木が一本植えてあるだろう。あいつはかなり古い古墳だ。連中は、あの前の三叉路《さんさろ》へ神輿をおいて、神むかえする。その時、連中がひれふすから、連中が顔をあげる寸前に一番後へまぎれこむんだ。タイミングをあやまるな。──あまり早いと、�神《かみ》�が、輿《こし》にはいる前に見つかる。�神�は夜眼がきき、さといから気をつけろ……。あまりおそいと、今度は、祭人たちに気づかれるおそれがある。──いずれにしても、見つかったら命がないと思え。それもすぐには殺さぬ。手足の爪をぬき、のち両手の指を三本ずつきりおとし、片眼をくりぬき、膝をくだき、頭の皮を逆《さか》さに剥《は》いで、蜂、百足《むかで》、蝮《たじひ》のむらがる地下の石室におとされて、長い時間かけて苦しみながら死ぬ……」 「なんだか素戔嗚命《すさのおのみこと》の高天原《たかまがはら》追放と、|大国主 命《おおくにぬしのみこと》の須勢理姫《すせりひめ》求婚テストと一緒にしたみたいだな……」私はまたもや、体がこまかくふるえ出すのを感じながらつぶやいた。「で、──その行列についてって、どうするんだ?」 「森の中の神の宮の前で、神輿《みこし》をおいて、またひれふす。──今度は、�神�が、宮居《みやい》にはいり、神座につく寸前に、宮の後にまわれ、この時は、シャツはふつうに着て、上衣を頭からかぶって、そっとかけこむんだ。あとはおれがやる。──連中が何を話すか、よくきいておけ。靴は?──裏金なんか打ってないだろうな?」 「ケミカルシューズだ」 「いいだろう。足音をあまりたてるな。行列の後にまぎれこめば、一緒に歩いて行くのは楽だが、気をつけるのは、最初まぎれこむ時と、あと、宮の後へまわりこむ時だけだ……」 「で──それからどうなる?」私はふるえ声できいた。「宮の後から……今度は?」 「あとはまかせておけ……」得体の知れない「闇の男」は言った。「そら……くるぞ……」  森の中で、とび交う人魂《ひとだま》のようにあちこち動いていた赤い火は、一つ、二つと消え、みるみる全部が消えて、森はもとの黒い塊りにかえった。  びょうびょうと鳴る風の音をききながら、息をのんで見つめていると、やがてその方角から、数多くの、ひきずるような低い足音が、地の底からはい上ってくるように、ざ…、ざ……、と近づいて来た。      13  空は相変らず真暗だった。  しかし、それでもぬりこめたような地の闇よりはわずかに明るく、そのほとんど闇と言っていい夜空のあるかなきかのほの明りの中に、やがて朦朧《もうろう》と、幽鬼の列のような一団が、あらわれた。  形もおぼろなほの白いものの行列は、まるで微風にゆられ、送られてくるように、ゆっくりゆっくりこちらへ近づいてくる。  何とか闇になれた眼をこらして見ると、私と、もう一人の得体の知れない男の伏せた草むらのすぐ前が、草が両側からおおいかぶさった、せまい道になっている。  ──もっと頭を低く!  というように、「闇の男」が私の肩をぐっとおさえた。  それでも私は、鼻の下をのばすようにして、近づいてくる行列を見つめていた。  暗くてよくわからないが、行列の数は二十人ぐらいだろうか……。膝までの白いごわごわした衣を着、頭から白布をふわりとかぶり、うなだれるようにして、一言も口をきかずに、粛々《しゆくしゆく》と歩いて行く。──中央部の八人ほどが、大きい、しかし何の飾りもない、四囲に白布を垂らした輿をかついでいる……。  ──「神迎え」だな……。  と、私は半ば恐ろしさも忘れて、その行列を見つめた。  現在、つまり昭和五十年代でも、日本のほとんどの神社でおこなわれている「祭」の形式が、千三百年前の七世紀後半、近江かどこかの僻村《へきそん》で同じように行なわれている事に、強い興味を持ったのだった。  御存知の方も多いと思うが、日本古来の「祭り」のもっとも重要な部分は、「秘事《ひめつこと》」として、真夜中、一切の明りを消した暗闇の中で、えらばれて潔斎をつづけて来た「供奉人《ぐぶにん》」たちによっておこなわれるものであり、近世以降派手になって、昨今では各地で大量の観光客を集めるようになった、白昼の神輿《みこし》、山車《だし》の巡行のある「本祭り」の方は、実はつけたりのショーのようなものにすぎない。  そもそも、日本の古い生活宗教において、「神」は、いつも「神社」にいるわけではないのである。ふつう「御神体」とよばれるのは、神の形代《かたしろ》、あるいは依代《よりしろ》──神が、 「これを置いておくから、それによって自分の事を忘れぬようにせよ」  といって置いて行ったものか、あるいは、神がその地に降臨来迎《こうりんらいごう》する時に、それによりつく品であって、言ってみれば、ふだんはつかわない、一種のアンテナ、乃至《ないし》は受信機である。  大体、神社の「建物」そのものも、無いのがふつうだった。──あるのは、神が年一回、あるいは二回、その地に来た時に、宿泊所にあてて祭儀──「神とのコンミュニケーション」をとりおこなう「聖地」としての森と、その神の宿泊所をたてる空地、つまり「屋代《やしろ》」だけである。ヤシロはもともと「屋」の「代」つまり「建物をたてるためにあてられた土地」の事であって、建物そのものではない。しかし祭の時「神の屋」の建てられる神聖な土地であったから、ふだんから森の中の一定地に柵《さく》をしたり、|しめ《ヽヽ》繩をはったりして、一般人がはいったりしないようにした。  しかし、仮泊所が、テントのようなものだったり、簡単な草葺《くさぶき》小屋やニッパハウスみたいなものだったら、毎年祭りの度に建てる事ができるが、これが「天つ磐根《いわね》に宮柱|太敷《ふとし》くたて、高天原《たかまがはら》に千木《ちぎ》高知りて」と、次第に高層、巨大、デラックスホテル化してくると、とても毎年たてなおしができないから、恒久建築化する。あるいは、伊勢神宮をはじめ、二十年ぐらいに一度、同一の杜《もり》の敷地内に建直す事になる。  日本の神は、ふだんは高天原かどこかにいて、年一回とか二回とか、遠くからその土地を訪れてくる。──その時、接待、饗応《きようおう》、神との「対話、交渉」といった「式次第」をつかさどる「式典長」、つまり頭屋《とうや》も、もともとは特定の「神主」が専従、固定化しているわけではなく、その共同体の「主だったもの」から、「神意」によってその都度えらび出されるものだった。その「神意」をうかがうには、神木からつくった矢に、白い羽根をつけ、前年の頭屋が、村落の上にむかってはなち、その矢が葺屋根につきささった家が「頭屋」になる。いわゆる「白羽の矢がたつ」というわけである。その家に清浄《せいじよう》の処女がいればその娘が、いなければ村内からえらばれて、頭屋の一時的養女になった娘が、「神妻」の候補者として、頭屋とともにきびしい潔斎にはいる。「別火」つまり火を別にし、祭が近づくにつれて頭屋は別居し、こもって潔斎し、「神妻乙女」は、訪れる神にささげ、また同衾《どうきん》の時のかけ蒲団《ぶとん》のかわりになる「神御衣《かんみそ》」を、特別の機屋《はたや》──神が山より流れくだる河川のある所では、河の上に柱をたてて「湯川棚」という機屋をつくった。「棚機《たなばた》」の語源である──で織りはじめる。この年一回来訪する神の一夜妻にささげられる──つまり「接待婚」であり、旅人客人に対するサービスの一つである──乙女が、後世、古い信仰のわからない渡来系の武士などによって、「悪神」に対する「人身御供《ひとみごくう》」とまちがえられ、「岩見重太郎|狒々《ひひ》退治」などという、勇ましくもそそっかしい伝説になるのだが……。  いずれにしても、古来の日本の祭りのもっとも重要な部分は、「神妻」になる処女と、場合によっては、神の「依人《よりまし》」になる、五歳前の童児、童女以外、女性と子供が絶対に参加できず、戸を開けてのぞき見る事もできない、厳粛なものだった(女性はメンスがあるので、�血�を不浄《ふじよう》と考える立場から遠ざけられたのだろう)。  現在でも、出雲《いずも》などではわりときびしくまもられているが、いわゆる「昼間の本祭り」の前夜、神の到着する晩は、村内一切の明りを消し、女子供は戸をかたくたてて家中に閉じこもり、そのまったき闇の中を、祭儀の森に集った「供奉人《ぐぶにん》」──つまり、「式典執行係」たちが、無言のうちに、神輿や神馬をもって村境に到着する神を迎えに行く。天から神が到着する場所は、いわゆる御影山《みあれやま》の山頂の一本だけたった樹木の場合もあり──この場合は、その樹を依代《よりしろ》として切り、川に流して、その木の流れついた所が到着点となることが多い──あるいは水辺、村道のはずれ、四つ辻《つじ》などの場合もある。  こうして、村境で神の到着をむかえた一行は、神輿《みこし》内や神馬の鞍《くら》におかれた依代に神をうつし、祭場の森へかえって来て、神宮に�神�を安置する。ここまではまっ暗な中でおこなわれるのがふつうだ。──無事�神�を宮内におさめると、つづいて、「神との交渉」がはじまるのだ。その年に山野、田畑、河海でとれたものを神前にそなえ──これは本来は「作物見本」として、生産状況を報告する材料だったが、のち、「神饌《しんせん》」ともなった──「祝詞《のりと》」の形で歓迎の辞をのべ、きまり文句で、感謝の意を表し、一年の吉凶の状況を報告し、さらに今年もよろしく加護をねがう、とむすんで、神とのもっとも重要な「外交交渉」は終る。そののち、ややくつろいで、一息入れる形で、神とともに酒をくみかわし、「式典参列者」と神との宴会──「直会《なおらい》」にはいる。ここでは神人共飲共食し、場合によっては、頭屋以外でも神に発言してもいい、という。もっとお神酒《みき》がまわると、「言いたい事を言う」無礼講《ぶれいこう》にまでなる事もあるというが……。  要するに、夜の明けるまでに、「祭り」のもっとも厳粛にして重大な行事は終り、翌日の白昼、神前でおこなわれる滑稽《こつけい》な神楽《かぐら》や、芸能、山車《だし》行列などは、「会議」の終ったあと、神を楽しませるための「娯楽行事」なのである。  いずれにしても、今、草むらにかくれた私の眼前を行く行列は、現代にも各地にのこる、もっとも秘密厳粛な「神迎えの行列」である事もまちがいなかった。──こういった「秘事」を、「よそもの」が見たりまぎれこんだりしたら、厄介な事になるのはよくわかっていた。「今昔《こんじやく》」だったか「宇治拾遺《うじしゆうい》」だったかに、たまたまこの「神迎え」に行きあった男が、二日間「神」として下へもおかぬもてなしをされたが、三日目には殺されかけて命からがら逃げた、という話がのっていたような気がする。  行列は、黙々と眼前を通りすぎ、ほんの二、三メートル左へ行きすぎた所でとまった。その先が三叉路《さんさろ》になり、正面に、低く、丸い円墳が、黒くもり上っている。  連中が、とまると、しばらくして、先頭から、  ──オーオー……。  という、腹にひびくような野太い、|おらび《ヽヽヽ》声がきこえた。  それにこたえて、行列の残りの連中も、  ──おーおー。  と一せいに|おらび《ヽヽヽ》声をあげた。  |おらび《ヽヽヽ》声は、三叉路の股になった所で、古墳にむかって、三たび、唱導と唱和をくりかえしてあげられた。  最後の唱和が、にぶいこだまを四辺にのこして消えて行くと、突然一行は輿《こし》をおろし、へたへたとくずれるように、道にうち伏した。  ──神をよび、神を輿にむかえ入れるのだな……。  と思いながら、私はその異様な光景に眼をこらしつづけた。──一行は夜露《よつゆ》にぬれた道に、べったりはいつくばり、路上には、ほの白い斑文《はんもん》が数列はりつき、ただ輿だけが、突然出現した小さな小屋のように路上につったっていた。  と──。  正面の真黒に見える古墳の中腹にあたって、何か白っぽいものが、ひら、と動いた。  と思うまに、その白っぽい布|帛《きれ》は、ひらひらと宙に舞いながら、輿へむかってちかづいてくる。  近づくにつれて、しとしとと、軽い足音がそれにそうのがきこえた。  私は舌の根が、その時、しゅっ、と音をたてるように乾き上った。  ──|誰かくる《ヽヽヽヽ》!……。  元来、日本の神道の祭りにおいて、�神�とは「神霊」であり、肉体もなければ姿も見えない、超自然的な存在であるはずである。──「気配」ぐらいは感じられる事はあっても、それは人間の「厳粛なイマジネーション」のつくり出した、「超越的なあるもの」だ、と……たった今までは思っていた。  が、今、人々の|おらび《ヽヽヽ》声に応じて、古墳の闇の底から現われ、近づいてくる�神�は、そんな眼に見えない、肉体のないものではなく、明らかに姿も肉体も持った「誰か」なのだ……。  とすると──実際、日本の古代の「祭り」とは、真夜中に訪れる、畏怖《いふ》すべき「実在人物」を闇中でむかえる儀式だったのだろうか?  全身総毛だって、ただ眼を見開き、ぽかんと口をあけて、輿に近づく白い布の動きを見つめていた私の眼前で、白布は、ひらとなびくと、輿の白い帳《とばり》の中に消えた。──と、同時に、何か、身軽な黒い人影も帳の中に消え、そのあと心なしか白い帳がゆらゆらとゆれた。 「今だ!……」  と、私の傍で「闇の男」が低い声で言い、私の背をぐっと押した。      14  行列は、古墳の前で、小さな輪をつくって三度ほどぐるぐるまわると、また黙々ともと来た道をひきかえしはじめた。  私は、その最後尾について、祭人たちをまねて頭から白いシャツをかぶり、息を殺しながら歩いて行った。──さほど暑くもないのに、全身は汗びっしょりだった。  じた……じた……と、行列の|はだし《ヽヽヽ》らしい足のふむ足音が、しめった地面からきこえ、麻らしい白衣が、さやさやとすれる音がまわりにたちこめる。  それにまじって、ぎし……ぎし……と、肩にかつがれた輿が重く軋む音が、前方からきこえて来た。  輿の轅《ながえ》をかつぐ八人の祭人の肩にもさっきより力がはいっているようであり、明らかに輿の中には|何ものか《ヽヽヽヽ》が乗っていた。  それも、体のない「神霊」などではなく、明らかに、かなり「体重」のある「人間」だ……。  ──一体、�神�とは、「誰《ヽ》」なのか?  ──もし、実在の人間が�神�としてむかえられるのなら、なぜ、このようなものものしい、「秘密」の雰囲気の中で、ひそやかにむかえられねばならないのか?  そんな事を考えているうちに、眼前一ぱいに、黒々とした森がせまってきた。  行列は、まっ暗な森の中にはいって行く。前行くものの白布さえとけこんでしまいそうな闇の中を、辛《かろ》うじて足音について進んで行くと、森の中央にちかいらしい、やや開けた所へ出た。  そこは三十間四方ほど、木がきりひらかれ、平らにならされ、その奥が、わずかに築土で高められて、その上に、急造らしい、白木の切妻《きりづま》高床式の小屋が建っていた。  小屋は妻入りで、間口三間、奥行き五間ぐらいのものだろうか。まわりに、これも荒く手斧をかけただけの、板ばりの回廊がついているが、手摺《てす》りはない。  先導者たちが、数段の、荒木をくみあわせた梯子《はしご》を上り、左右の回廊にいながれてすわった──神輿《みこし》をかつぐ八人は、神輿を水平に保ったまま、梯子の上にかつぎあげ、それを八文字にひらかれた戸口にすえた。すえ終ると、今度は一同階前と回廊に坐った。  ──イーイ!  と、また頭屋《とうや》の|おらび《ヽヽヽ》声がひびいた。  ──いーい!  と、他の一同が唱和するや、みんなは一せいにその場にひれ伏した。  輿《こし》の帳《とばり》が、またかすかにゆれた。──輿から「何ものか」がおりたち、とん、とん、とかるく木の床をふみならしながら社殿の奥へ行く。  その際に、私は上衣を着るとこっそり祭人たちの後をはなれ、足音を殺して高床の下へもぐりこみ、建物の裏手へまわると、回廊へよじのぼって、社殿背後の板壁に耳をつけた。  真新しい木の香のする荒板壁は、隙間だらけで、中の声がよくききとれる。  中では、朗々と、「祝詞《のりと》」がはじまっていた。──例によって、妙な節をつけるのでわかりにくいばかりでなく、内容も古代とはいえこれが日本語かと思うほど妙な言葉や発音で、意味はほとんどわからなかった。  ただ、とぎれとぎれに理解できる言葉をつづりあわせてみると、祝詞としては、変な文句だ、という気がして来た。──なんでも、「鬼の窟《いわや》」がどうかしたとか、「鬼の首《こうべ》」を「醢《ひしお》」にしてどうこうとかいうくだりがある。  ──この連中の、この祭りは、何か「鬼退治」の古伝と関係があるのだろうか?  そのうち、祝詞は長々と語尾をひっぱって終った。  拍手《かしわで》もなければ、鼓笛《こてき》の音もない。──ただ、一同声もなくひれふしている気配だった。  と──突然、私が耳をつけている板壁のすぐ向う側から、低く、しわがれた声が、陰々《いんいん》と地の底からきこえはじめた。 「|そほり《ヽヽヽ》の延虫《のべむし》の丁《やつこ》ども……」  おーう……という応《いらえ》の声が、奥の方からきこえた。 「鬼室《おにのむろ》の大君《おおいきみ》たちの大恩、未だ忘れてはおるまいな……」  おーう……の声に、もとより……もとより……といったつぶやきがまじる。 「さらば、此度《こたび》も、天上の佐平《すけひら》の大君《おおいきみ》のお召しある。──水練《みなおぎ》の|壮 丁《つよきおとこ》、五人《いつたり》……」 �神�の前にひれふしているらしい祭人たちの間に、さっと緊張がはしるのが、手にとるようにわかった。 「秘事《ひめつこと》は?」  と、祭人の中の老爺《ろうや》らしい声がきいた。 「御魂《みたま》もうし受け……」  と�神�の声が答える。──低くしわがれているが、脂切《あぶらぎ》って、威圧的で、冷酷な感じの声だった。 「いずかたの?」 「大海人皇子《おおしあまのみこ》……」  えっ……とか、あっ!……とかいった驚愕《きようがく》の声が祭人たちの間にあがった。──儲君《もうけのきみ》(皇太子の事)を……といったつぶやきをもらすものもいた。  私も一瞬息をのんだ。──大海人皇子、天智帝の弟で、のちの天武帝の暗殺の陰謀だ……。 「三日のちの夜、京《みやこ》の東、堅田の浮殿《うきどの》において、天皇《すめろぎ》、諸臣《まえつきみ》とともに観月《つきみ》の豊楽《とよのあかり》を催さる。透床《すきゆか》にあって儲の君の座は、帝《みかど》の左……まちがえるな。右の座は大友の皇子《みこ》ぞ……」 「ならば……床下より……」 「船はつかうな。刳瓜《ひさご》もつかうな。毒針《ぶすばり》、毒銛《ぶすもり》をつかえ!……」 「発覚すれば……延虫《のべむし》の同胞《ともがら》、一村覆滅させられましょうな……」と老爺が言った。 「それがどうした?」�神�は冷然とこたえた。「丁《やつこ》らが働き功あらば……大友皇子《おおとものみこ》、洪業《ひつぎ》をつぎたまい、もって、|ももつわたり《ヽヽヽヽヽヽ》の|武 王《たけしのこにき》の血をひくもの、大倭《おおやまと》の地の帝となる……。されば、今|佐平福信《すけひらほつしん》の遺子なる鬼室《おにのむろ》の小君《こぎみ》もまた、この地の大君《おおいきみ》となり、大臣《まえつきみ》ともならん……」  はあっ、というような息を吹き、平伏する気配があった。 「ならば……ぬかるな……」と、�神�の声は言った。「送らずともよし……。輿は空《から》にて送れ。去《い》ぬるに別の途をとる……」 「それは……」とあわてたような老爺の声がした。「また、なにゆえに?」 「われらの秘事《ひめつこと》、聞かれたやも知れぬ……。宮居の背に、肥《ふと》き鼠《ねずみ》の気配、聞いたような気がする……」 「よし!──こっちだ!……」  という低声が耳もとできこえた。──頭から爪先まで、まっ黒な衣裳でつつんだ、あの「闇の男」が腕をひっぱった。 「準備はできた。──やばいから、早く下へとべ!」  わけもわからず、回廊から下へとぶのと、たった今まで耳をつけていた板壁の隙から、がっ、と剣《つるぎ》の刃がとびだしてくるのとほとんど同時だった。  ──手ごたえは?  ──ない……。思いちがいやも知れぬ……。  という言葉をかすかに聞いたと思ったが、私の方は、回廊からとんだあと、地面の上ではなく、何かまっ暗な深い穴の中へ、足を下にしてまっすぐにおちこんで行った。 [#改ページ]  もうどうにでもなれと思いつつ、相も変らず              ──あるいは、また変る可能性のある  題 未 定  第3回  仮題として              大海帝の秘密──2[#「大海帝の秘密──2」はゴシック体] [#改ページ]      15 「しっかりしろ……」と誰かが肩をゆさぶった。「別にどこも打っちゃいないだろ?」  私はふっと意識をとりもどした。  どこも痛みはしなかった。──ただ、あの社殿の後の回廊からとんだ時、あると思った地面がなくて、まっ暗な穴へおちこんで行ったので、一瞬気が遠くなっただけだった。 「ここは?」  私はまわりを見まわした。  土の穴の底かと思ったが、あたりはほの明るい。──さっきいた戸外の闇よりよっぽど明るく、自分の手や、相手の姿がはっきり見える。  といって、まわりに何が見えるわけでもない。ただ灰色の細長い空間が、左右に果てしなくのびているだけで、その先は何だかもやもやしている。 「|ここ《ヽヽ》って──今いる場所は、�回廊《コリドーア》�だ……」 「�回廊《コリドーア》�?」私はききかえした。「何の?」 「�|時の回廊《タイム・コリドーア》�だ。──こっちが過去、こっちが未来……」と「闇の男」は指さした。「そして、今いる時点《ヽヽ》といえば──紀元六六八年の春の終り……三月だ。皇紀で行くと天智帝の七年になる……」  ──なるほど……と、私は壁に背をもたせて脚を投げ出しながら思った。  ──紀元六七〇年|前後《ヽヽ》とベンは言っていたような気がする。  自分の貧しい日本史の知識をかきたててみると……紀元六六八年は、中大兄皇子《なかのおおえのおうじ》が、大和《やまと》から近江《おうみ》へ都をうつしてから二年目だ。たしかこの年の正月、中大兄皇子は、はじめて即位して、天皇となる。──のち、諡号《しごう》して天智天皇である。  書紀の帝紀では、この年を「天智七年」とするが、それは中大兄皇子が、斉明《さいめい》女帝とともに、百済《くだら》救援出兵のため九州まで行った時、先代斉明帝が六六二年に崩御《ほうぎよ》し、そののち皇太子のまま、政を行った。これを「称制天皇」といって、紀年では、この時から天智紀に数える。──皇極帝《こうぎよくてい》(のち斉明帝)の六四五年、飛鳥板葺宮《あすかいたぶきのみや》のころ、|中臣 鎌足《なかとみのかまたり》とはかって蘇我入鹿《そがのいるか》、蝦夷《えみし》をたおし、いわゆる「大化の改新」を行ってから、実に二十三年ぶりの事だ。  その間、この英邁《えいまい》の皇太子は、有間皇子《ありまのみこ》、古人大兄皇子《ふるひとおおえのみこ》などライバルを葬り、阿倍比羅夫《あべのひらふ》の水軍に東北進出をなさしめ、新羅《しらぎ》、唐の軍事的圧迫をうけた百済《くだら》救済のため、大軍を朝鮮半島南部に派遣し、六六三年八月、白村江《はくすきのえ》に、唐・新羅連合水軍に大敗を蒙《こうむ》るや、大量の百済遺民、亡命貴族とともに帰国して、国内に防衛線をはり、敗戦後四年目に、あわただしく京師《みやこ》を大和から近江へうつした。  ここでも、百済の学者たちの手をかりて、庚午年籍《こうごねんじやく》をつくってはじめて戸籍《こせき》を編し、後世「幻の」とよばれる近江令をつくって法制をととのえ、さらに唐と国交恢復をはかりつつ、百済の故地に復興の手をうち、高句麗《こうくり》とも接触をはかる、など、まったく休む事を知らぬ活躍をつづけるのだが──しかし、近江京へうつって二年目、即位元年ともなれば、その治世にも、次第に一つの「かげり」がさしはじめる。  言うまでもなく、次代の「皇位継承」をめぐっての、庶子大友皇子、皇太弟大海人皇子両者の勢力の対立と、それを中心にうずまく、国内勢力の不安定さである。──大友、大海人両皇子の対立は、やがて天智帝没後六七二年の「壬申《じんしん》の乱」となって勃発《ぼつぱつ》し、東国地方勢力と組んだ大海人皇子がこの乱に勝って、大友皇子(諡《おくりな》弘文天皇)は自殺、近江京は灰燼《かいじん》に帰し、大海人皇子は「天武天皇」となって、ふたたび大和の飛鳥《あすか》浄御原《きよみはら》へ遷都《せんと》、ここで「律令制度」の完成への推進がおこなわれるのだが……。 「英雄色ヲ好ム」というか、内政において特に目ざましく、外政においてもさほどの失敗もしているとは思えない天智帝も、その絶倫ぶりが、あとで大きくたたる事になった。──天智帝はその晩年において、後室に一后、四嬪、四宮人の女性がおり、皇后|倭姫 王 (やまとひめのおおきみ)をのぞいてそれぞれに皇子皇女がいた。──もっとも、これだけなら、大化改新以来、大先進文明国唐の制を入れるのに熱心だった天智帝が、唐皇室後宮の、一后、四夫人、九嬪、九※[#「女+捷のつくり」、unicode5a55]婦、九美人……といった制度を無理にもならおうとしたと言えるかも知れないが、中大兄皇子には、女性関係でそのほかにも問題があった。  一つは、わりとよく知られている話だが、実弟大海人皇子との間の、|才 媛《プリシユーズ》|額田 王《ぬかだのおおきみ》をめぐっての三角関係である。──万葉にのこる中大兄皇子の、「大和三山の争い」をうたった「香具《かぐ》山は畝火《うねび》ををしと耳成《みみなし》と相争ひき……」という歌は、この事をうたったものだというし、額田王が、大海人から中大兄のもとにひきとられたあと、二人の間に「あかねさす……」と「人妻ゆゑにわれ恋ひめやも」の有名な相聞《そうもん》がのこっている。  もっとも、額田王という才女の出自や立場は複雑で、一概に「中大兄が大海人から奪った」とは言えないかも知れない。  しかし、もう一つ、これは天智帝の「汚点」とも言える事がある。それは大化改新後、皇極女帝のあとにたった孝徳帝──この帝のただ一人の遺児が、中大兄に殺された有間皇子《ありまのみこ》である──の皇后、間人皇女《はしひとのひめみこ》との間に噂《うわさ》された醜関係である。何しろ、中大兄と間人皇女は、血をわけた同母兄妹なのだ。  この時代、「異母兄妹」なら結婚は何の問題もなく、いくらでも例があった。──しかし「同母兄妹」間の姦通《かんつう》は、重い「国津罪《くにつつみ》」とされ、このうたがいをうけた允恭帝《いんぎよう》長子|木梨軽皇子《きなしのかるのみこ》は、──相手は実妹の軽皇女《かるのひめみこ》だった──皇太子の地位を剥奪され、道後に流されている。  しかも、この「実妹姦通」のいまわしい噂は、間人皇女が、孝徳帝の皇后だった頃からたっていた。何よりも具合が悪かったのは、中大兄が「正室」をもたなかった事だろう。孝徳帝が難波《なにわ》宮にいて、大化改新の|詔 (みことのり)を発し、新政をすすめようとした時、京師《みやこ》の場所をめぐって中大兄皇子との対立があり、皇子が大和へ諸官をひきつれて帰ると、間人皇后も天皇をおっぽり出し、実兄にくっついて大和へかえってしまう……。いかに蘇我氏を打倒し、新政を実現した「実力者」でも、いやしくも現天皇の后《きさき》、それも実の妹と姦通したとあっては、ただではすまないはずである。  が、それを有無《うむ》を言わさず押し切ったのは、中大兄皇子の、なみなみならぬ「強大な実力」だった。──しかし、このスキャンダルのため、孝徳帝が孤立したまま憤死同然に崩御されたあとも、当然後継者になるべき中大兄は皇位につけない。そこで「空位」をみたすために、一たん皇位をひいた実母皇極帝を、「女帝|重祚《ちようそ》」という、類例のないやり方で、斉明帝としてカムバックさせる。一方、孝徳帝の遺児であって、皇位継承権を持つ有間皇子を、蘇我|赤兄《あかえ》をつかって卑劣きわまりないやり方で罪におとし、紀州の旅先で刑死させる。  こうして、実力的に「皇位継承権」を確保し、なろうと思えばいつでも老年の母帝を隠居させて皇位につける身でありながら、なお皇太子のままでいたのは、孝徳帝死後、もはやなかば大っぴらに傍にくっついていた間人皇女のためであった──と史家は解釈する。彼女は百済《くだら》出兵のために九州へ行く時も、また大和へかえっても、常にべったりと実兄皇子の傍へくっついていた。さすがに両者の間に子は無かったようであるが……。  このため、出兵の途上、九州で斉明帝が崩御しても、|まだ《ヽヽ》中大兄は皇位につかない。──やっと皇位につくのは、間人皇女が死に、二年の殯《もがり》がすみ、近江遷都もすんだあとの事である。そして、この時四十前後で、やっと、かつて粛清した古人大兄皇子の娘倭姫王を「正室」皇后にたてる。だから、斉明帝崩御の六六二年から、天智帝即位の六六八年までの間は、中大兄が皇太子位のままで「称制天皇」として臨んだといっても、天皇位は正味六年間の「大空位時代」だったのである。 [#図(img¥117.jpg、横×縦)]  そして、最後に──これは、当時としては、近畿西国東国をまきこんだ大内乱「壬申《じんしん》の乱」のもととなった、伊賀采女宅子郎《いがのうねめやかこいらつめ》の問題がある。  正式に一后四嬪四宮人と、後室に多くの女性を擁しその間に多くの子をなしながら、天智帝は男子にめぐまれなかった。──晩年にむかえた倭姫王皇后との間には子がなく、四人の皇子のうち一人は早逝《そうせい》し、のこる三人のうち最年長の大友皇子の母が、この伊賀|采女《うねめ》だった。──大友皇子は近江遷都の頃、すでに二十歳を越え、宮中の政にもタッチし、容貌魁偉《ようぼうかいい》、百済、唐から来た学者とも親交があり、漢詩に長じ、武にも通じて、「なみの人ではない」と言われていた。が──問題はその母親で、彼女は一応|伊賀国 造 (いがのくにのみやつこ)娘となっているが、出自もはっきりしない地方出身の「采女《うねめ》」である。采女は、唐の宮制では、先にあげた「九美人」のはるか下、九歳人、二七宝林人、二七御女の下に位するとされている。日本の場合、中国ほどではないが、宮中にあって帝の身のまわりを世話する、まあ「腰元」といったところだろうか。「皇子」をうんだとしても、いわゆる「卑母」である。──しかし、年もとり、政務の疲れも出た天智帝の愛情は、わずかな皇子中、最年長で才幹たくましい大友皇子にかたむいていた。  しかし、出自が「卑母」となると、皇位継承に問題がある。皇位継承権に、「母方の血筋」がまだ大きくものをいっている時代だし、ほかに適当な皇族がいないならともかく、大化改新以来、中大兄皇子の影になって常に協力して来た実弟大海人皇子がいる。壮年であり、政治の実地経験も抜群なら、人望もあつく、中大兄皇子の娘二人を正室とする──その一人、|※[#「盧+鳥」、unicode9e15]野皇女《うののひめみこ》がのち持統帝になる──もっともふさわしい人物が……。その当時、皇位は兄弟相続の例が多く、新都移転後、白村江のあとの対外関係の整理や、地方、内政整備など、難問題山積の中にあって、政務の「ベテラン」の皇位継承をもとめる声は朝野に多い。  それをおして、大友皇子を皇太子にし、帝位につけようとする天智帝の悲願と、大友側近の動きが、のちに「天下大乱」を招く事になるのだった。  私が、社殿背後の闇の中できいたのは、遷都二年、新帝即位の年にして、早くもくすぶり出した、この「暗闘」の片鱗だったらしい……。      16 「ふうん……」と、上から下まで真黒な衣裳でおおった「闇の男」はつぶやいた。「大海人暗殺……三日後、浮殿の月見の宴か……。どうせ、誰かがかぎつけるだろうが、一応、島上の|おじい《ヽヽヽ》にでも、そっと耳打ちしておくかな……」 「島上の|おじい《ヽヽヽ》って誰だ?」と私はきいた。 「鎌足《かまたり》の旦那よ……」と「闇の男」は事もなげに言った。「食えない奴さ……。中大兄と組んで蘇我《そが》主流をたおし、あと側近にくらいついたが、外交にはタッチせず、もっぱら�制度つくり�に力を入れている。──近江帝、大海人、大友、皇族三者のにらみあいを上手に利用し、まるくおさめようと見せかけながら、実はあちこちに勢力を扶植している。そして今は……大海人に大分かたむいている。……」 「ところで、あの�神�ってのは、何ものだね?」私は煙草をくわえながら言った。「延虫《のべむし》の丁《やつこ》ってのは?」 「あの�神�は、蘇我臣赤兄《そがのおみあかえ》の手先さ。──最近、赤兄ン所にもぐりこんだ、百済の武官の一人で……かつての特務将校ってところかな……」さっき、礫《つぶて》で私の手からライターをたたきおとした「闇の男」は、今度は、不思議なライターでわざわざ火をつけてくれた。「|そほり《ヽヽヽ》の延虫《のべむし》の丁《やつこ》ってのは──これも百済の遺民で、元来は川漁師、それが水上ゲリラや渡水部隊、湖川を利用したテロリストにしたてられている。──|そほり《ヽヽヽ》ってのは、白村江《はくすきのえ》から、熊津江をさかのぼった、今じゃ|泗※[#「さんずい+比」、unicode6c98]《しひ》ともよばれてる所で……扶余《ふよ》の地だよ。所夫里って書く。延虫《のべむし》なんて言ってるが、二つの字を一つにしてみろよ」 「蜑《あま》か!」私はうめいた。「じゃ、連中は……白村江《はくすきのえ》敗戦後、この近江の地へのがれて来た、百済の……」 「中国からだって、長い間にずいぶんくるぜ……」と「闇の男」は言った。「まあ、金やコネや、悪知恵を持ち、勢力のあるやつはいい。が、新しい社会にわりこんで、何とか一族の勢力をのばそうと思ったら……一族の上長のため、あるいは、地元の対立勢力の一方からたのまれて、�|汚い仕事《ダーテイ・ビジネス》�をひきうけなけりゃならない。……暗殺、放火、|でっち上げ《フレーム・アツプ》、脅迫、誘拐……マフィアみたいなもんでね。そうやって、�権力者�のどこかと、�闇の関係�をむすんで、次の代にいくらかの�特権�を手に入れて行くんだ。馬子《うまこ》にたのまれて崇峻《すしゆん》帝を殺した、|東 漢 直 駒《やまとのあやのあたいこま》もそうだ……。のちの世の征夷大将軍、坂上田村麻呂だって、もとはといえば、そういった�テロリスト�の元締めだった……」 「待てよ……。それじゃ……」私は煙草を投げすてた。──眼前の灰色のもやの中にはいると、吸い殻は、フッ、とかき消すように消えた。「鬼室《おにのむろ》の大君《おおいきみ》ってのは……あの……」 「そう──新羅、唐連合軍に、一たん百済がほろぼされたあと、任射岐山《にさきのむれ》にこもって、レジスタンスをやり、日本からの援軍を要請した、佐平《さへい》(百済の諸臣筆頭)鬼室福信《きしつほつしん》……百済の先王義滋の臣で、勇猛だが残忍で、諸侯におそれられていた。のち、日本から唐・新羅と闘うために行った王子|豊璋《ほうしよう》と内ゲバをやっちまって、豊璋に首を斬られ、首は塩づけにされた……」 「じゃ……連中が祝詞の中で言っていたのはその事か……。鬼の首《こうべ》を醢《ひしお》にしたとか何とかきこえたが……」 「だろうな。猛将で、粗暴で、おまけに山中水辺の下層民を手なずけるのがうまかった。──梟雄《きようゆう》というやつかな……。所夫里の蜑丁もその口さ。連中の間では、ふたたび、百済を復興する時は、鬼室福信の首が、窟《いわや》からとび出して、敵をたおす、という伝説ができ上っちゃってる。──実際は、福信の遺児、鬼室集斯が、一族もろとも、首をもって、近江の神前《かむさき》の郡《こおり》に来ている。首の方は、あとから丹波山中におさめたっていうがね。鬼室集斯は、三年ほどたつと、宮中で、|小錦 位 下《しようきんげのくらい》という高い位階をもらって、|学 職 頭《ふみのつかさのかみ》になる……。姓も|百済 公《くだらのおおきみ》をもらうはずだ……」 「その鬼室集斯が�鬼室《おにのむろ》の小君《こぎみ》�ってわけか……。いや……待ってくれよ」  私はさっき社殿の裏できいた会話を思い出しながらつぶやいた。 「なんだか、�神�は、もっと妙な事を言っていたぞ……。もし大海人暗殺が成功すれば、�ももつわたりの|武 王《たけしのこにき》の血が大倭《おおやまと》の帝《みかど》の天津洪業《あまつひつぎ》にはいることになる�とか……。�ももつわたり�って何だ?」 「百済《くだら》だ……」と「闇の男」は、それこそ、|くだらない《ヽヽヽヽヽ》ことを聞くというように答えた。「済《さい》には、�救《たす》ける�の意味のほかに、�渡る�という意味がある。済州《さいしゆう》島の済だ。あのあたりは、北九州と同じで、南方からわたって来た連中が多かったんじゃないかな……。それがたくさんいたんで、北方の扶余系が統一した時、�百済�としたんじゃないか? 南中国の�越《えつ》�の南部諸族を、�百越�または�諸越《もろこし》�とよぶのと同じだろう」 「だけど──それはおかしいぜ……」私は呆然とつぶやいた。「大友皇子に、どうして百済王室の血がはいっているんだ?──生母の伊賀采女宅子郎は、伊賀国造の娘じゃないか?」 「養女《ヽヽ》さ……」と「闇の男」はあっさり言った。「彼女は、庶流《しよりゆう》だが、百済の先々王、武王の血を引いている。故あって幼時日本へ来て、近江《おうみ》で育った。表向き、その事を名のれなかったので、在日百済人が工作して、伊賀国造の養女にして采女にさし出した……」  ──なるほど! それで……。  と、私は思わず膝を打った。  ──「書紀」にも見るように、大友皇子は、体も大きく、ふるまいに角があり、しかも当時の皇族にあって珍しく若くして「漢詩・漢文」をよくし、特に昨今百済より亡命してきた学者、汝宅紹明、塔本春初、吉太尚などとも交《まじ》わったというのも、実は、大友皇子自身に、百済王室系の血が流れていたからかも知れない。「懐風藻《かいふうそう》」に残る大友皇子の詩も、ちょっと日本人ばなれした、骨格の太さ、大きさがある。  もし、そうだとすると……新羅《しらぎ》にほろぼされた百済の遺民──とりわけ、鬼室集斯などが、大友皇子の天皇即位を、ひそかに支援するのも当然ではあるまいか? ねらいは無論、日本において力を蓄《たくわ》え、ふたたび「百済の地」を回復しようというわけだ。有間皇子|誅殺《ちゆうさつ》に一役買った謀臣|蘇我臣赤兄《そがのおみあかえ》が大友皇子を支持するのもわかる。蘇我氏は、仏教を通じて昔から百済とは縁が深い。  こうなると、「壬申の乱」は、「百済問題」を通じて、「外攻派」と「内治派」の争い、といった様相をおびてくる。百済系貴族や学者を多く宮中にとりたて、漏刻《ろうこく》(水時計)をおいたり、学問漢詩を奨励したり、近江京を「|あちら《ヽヽヽ》風」の都にしたてようとした宮廷派、さらに「百済再興」のための「再外征」の構想をはらむ弘文帝とその側近に対し、「これ以上の対外軍事的コミットメントは、国を疲弊させる。もっと内治、開拓、地方民力の涵養《かんよう》を」とねがう、いわゆる「地方派」──美濃《みの》、尾張《おわり》、などの東国や、吉備《きび》などの「地方豪族」が、対立する大海人皇子《おおあまのおうじ》を支持したのではあるまいか?  いずれにしても、百済が唐と新羅にほろぼされたのち、ずるずると「現状固定」にむかいそうな国際情勢下にあって、日本在住の「百済再興派」にとって、唯一ののぞみは、大友皇子の天皇即位と、帝権による百済再出兵だったろう。──百済系の皇族が天皇になった例は、ほかにも無いではない。二百年以上あとになるが、平安京を開いた桓武《かんむ》帝は、父が光仁帝だが、母は高野新笠といって百済系だった。日本の「実質的支配者」に、朝鮮系の貴人がたった例はまだいくらでもあるだろう。ずっとのちでは、「犬|公方《くぼう》」で有名な五代将軍綱吉も、生母|桂昌院《けいしよういん》は京都在住の李朝《りちよう》時代の朝鮮の女性だったという。 「まあとにかく……」といって、「闇の男」は立ち上った。「ちょっと、大海人側に、三日先の危険の事を吹きこんでおくか……。ここで大海人皇子に死なれたら、起るべき�壬申《じんしん》の乱�も起らず、その先の歴史がまたおかしくなっちまうからな……」 「おれが、|この時代《ヽヽヽヽ》でやらなければならない事は、これだけかい?」と私はきいた。「何だか知らないが……行列にまぎれこんで、暗殺の陰謀を聞いて、あんたに教えて……何だか、何もおれがやらなくたって、あんた一人でできそうな事じゃないか」 「まあ、一人でやってできない事はないが……やっぱり誰か相棒がいてくれた方がよかったな。──おれはこの�|時の回廊《タイム・コリドーア》�の支線《ブランチ》を、あの時、社殿の裏にひっぱってこなきゃならなかったし……本当は、時間《タイム》パトロールは、二人一組でやるんだが、こんな時代は、比較的ひまだからというんで、よほど緊急の事のないかぎり、一人でプラスマイナス二十年間もカバーさせられてるんだ。まあ、二十一世紀あたりから先は、ずいぶん忙しいしな……」 「大して役に立てなくて……」私は肩をすくめた。「で、何かい?──何だか知らないが、|おれのせい《ヽヽヽヽヽ》で起っちまった�厄介事�の後始末を、人手不足の穴埋めにすこしはおれ自身に手つだわせて、�つぐない�をさせようっていうわけかい?」 「さあ、どうだかな──とにかくこっちは、何か�|歴 史 線《ヒストリー・ライン》�にごたごたが起りかけてるが、シロウトを一人、因果をふくめて手伝いにやらせるから、そいつをつかって、処理にあたれって通信を本部からうけとっただけだ……。まだ全部、受け持ち範囲の|歴 史 線《ヒストリー・ライン》を点検したわけじゃないんだが……とにかく�大海人暗殺�を未然に防ぐことも、仕事は仕事だろう。──あんたはここに待っていてくれ。すぐかえってくるから……」 「ところで、あんたの名前はなんて言うんだい?」行きかけた男に私は声をかけた。「|この時代《ヽヽヽヽ》での職業は?」  男はちょっとふりかえった。──ニヤリと笑ったような気がしたが、何しろ顔にすっぽり黒い覆面をかぶり、眼だけ出しているのだから、よくわからない。 「おれのこの時代での仕事かい?──妙なもんで……近江宮廷の|時 丁《ときのよぼろ》さ……」 「|時 丁《ときのよぼろ》?」 「ああ……。時代も正確にはこの時代じゃない。三年ばかり先だがね。──天智帝が、近江京宮廷内に、漏刻《ろうこく》(水時計)を設けさせ、鐘鼓を鳴らして時を告げた、という話を聞いた事があるだろう? おれはその、漏刻の番人の一人さ。のちには|守辰 丁《ときもりのよぼろ》って官名になるがね。下級タイム・パトロールが、日本最初の時計番、なんてのも妙なとりあわせだな。──名前? まあ、|この時代《ヽヽヽヽ》の名前だから、いいかげんなものだがね。おれも一応、百済系という事になっていて、名前を熊津山宮古《ゆうしんざんきゆうこ》……まるで花和尚魯知新《かおしようろちしん》みたいだが、当世風に百済、倭混合のよび方では|熊津 山 宮古《くまなれのむれのみやこ》ってわけさ」 「熊津山《くまなれのむれ》?」私はききとがめた。「じゃあんたも……百済の国の熊津江上流の熊津城《くまなれのさし》にいたのか?」 「さあ、どうだか──そいつはいいかげんなもんで、何しろ、�百済遺民�って事で、宮廷採用されたんだから……ああ、待ってる間に、この霧の中へはいりなさんなよ。歪曲場の幹線ビームが走ってて、制御装置なしにさわったら、過去未来、どこへとばされるかわからないよ……」      17  私は、灰色の壁にもたれたまま、「闇の男」が|時の回廊《タイム・コリドーア》を、�未来�の方角へむけて遠ざかって行くのを見送った。──黒覆面に黒ずくめの衣裳を着て、見た眼は忍者のようでかっこよかったが、後姿《うしろすがた》は小肥りでずんぐりしていて、何となく一度見たような気がする……。  男が灰色のもやの中に消えてしまうと、私はまた煙草をぼんやり吸った。 「七世紀後半」で、私のやらなければならない事、というのは、ほんとに|これだけ《ヽヽヽヽ》だろうか?──あと、「十七世紀」に行かなければならないらしいが、それをすませれば、「もとのわが家」にかえれるのだろうか?  私は眼の前の動くとも見えない灰色の霧の長い流れを見ながら思った。──あの霧の中にはいりこみ、「ビーム」にさわったら……ひょっとして、うまいぐあいに千三百年未来の我が家にかえれるのだろうか?  だが、へたをして、|もと《ヽヽ》の時点……「週刊S」の連載作品のアイデアと題名に苦しんでいる時点にかえってしまったら|こと《ヽヽ》だな……とも思った。──あんな苦しみをもう一回味わうくらいなら、この七世紀後半の世界にいる方がまだいい。GNPは小さいかも知れないが、ここなら週刊誌もないし、締切りもない。第一、小説なんか書いたって、まだ字の読めるやつなんかほとんどいないのだ。  それにしても、「ピノのレストラン」で、ベンのやつに聞いた、「もう一人の|おれ《ヽヽ》」は、今ごろ苦心|惨憺《さんたん》しながら、「連載第五回」を書いているのだろうか?──いたんでかすんだ眼をこすりこすり「|今ここで《ヽヽヽヽ》、こうやっているおれ」の事を、意識の底でのぞきこみ、「やっている事」を一生懸命書きとめているのだろうか?  ──まあ、ちょっとお休みよ、お前さん……と、私は、「もう一人の自分のやっている事を書きとめている自分」にむかってつぶやいた。──今はこうやって、あの妙な男……熊津山《くまなれのむれ》の何とかって、ぬいぐるみの熊さんみたいな男のかえってくるのを待っているだけだ。おれが動かなくちゃ、話も書けまい……。  煙草の吸い殻を霧にほうりこむと、また、フッと消えた。──スモーキング・クリーンなんて言ったって、七世紀後半の世界じゃ知ったこっちゃない。「歪曲場幹線ビーム」とやらにふれて、千年未来か千年過去に行っちまったろう。火がよく消えてなかったから、未来か過去で火事になるかも知れないが、それも知ったこっちゃない。燃えちゃいけないものだったら、タイム・パトロールとやらが何とかするだろう。  ──それにしても、やつはおそいな……と、思いながら、私はあの熊津山宮古という妙な名の男が歩み去った方角を見た。──まったく妙な名だ。この時代、百済も新羅も、まだ「中国風」の名前になっていないから、「書紀」にも憶礼福留《おくらいふくる》、とか四比福夫《しひふくぶ》とか、ふしぎな名前がたくさん出てくる。──満洲人アイチンギョロを、愛新覚羅《あいしんかくら》と宛《あ》てるようなもんだ。  ──|時 丁《ときのよぼろ》というのも不思議な職だな……と、私は、床──「床」だろうと思う──に指で字を書きながら、ぼんやり考えた。  ──時丁《じてい》……白丁、壮丁、資丁、持公文丁とか、下級官吏にもいろいろあるが、「時丁」などという妙な宮人がおかれたのは、なるほど初めて漏刻を設けた近江廷だけだろう……。  その時、私は、なぜかぎょっ、として、指で字をなぞっていた手をとめた。  突然、こういう謎々《なぞなぞ》が思い出されたのだ。──御存知だろうか? 「中国語と英語、漢字とローマ字アルファベット、これだけ何の親縁性も関係もなく、別々の地域で発生し、別々に発展をとげた大言語であるにもかかわらず、両者の系統の中に、たった一字だけ、形もほとんど同じなら、発音もほとんど同じ、という字があります、それは何でしょう?」  答は──「丁《てい》」と「|T《テイー》」。  もっとも、日本の現代音「丁《てい》」は、「漢音」で、呉音は「チョウ」、唐代には「チン」と発音されたが……それにしても、珍しい例である。──「時丁」の「丁」の字をなぞっているうちに、ふとそんな事を思い出したのだが……。  その時、ぎょっ、としたのは、頭の中で知らず知らずのうちに、「丁《てい》」を英語の「|T《テイー》」に読み、それにひきずられて「時」という言葉も英語で思いうかべていた。  時丁……|時・T《タイム・テイー》……。Time Tee  そこにまた、あの「語呂《ごろ》合せ」があらわれた。──「題未定《ヽヽヽ》」──|十セント紅茶《ダイム・テイー》──イタリア語の「|お茶をくれ《ダイ・ミ・テ》」──そして、|時 丁《タイム・テイー》……。  すると──ここでも、あの男が、何か「キイ」をにぎっているのだろうか?  そもそもこの妙な「事件」は、私が連載小説の「題」を思いつかずに苦しみぬき、とうとう「題をきめずに」小説を書きはじめてしまった事からはじまった。──とたんに妙な事が次々にまわりに起りはじめ、私がそれに巻きこまれて、あっちへやられ、こっちへやられるうちに、次々に「題未定」の語呂合せのような表示や言葉にぶつかりはじめた。どうやら「題がいつまでたってもきまらない事」と、私が「現実にはあり得ないような事件に次々まきこまれる事」との間には、何か、かくされた重要なつながりがあるように思えるのだ。  ──七世紀後半の日本、天智帝治下近江京時代の、あの男の職業名にも、同じ「語呂合せ」がかくされているとなると──あの「下級タイム・パトロール=歴史監視人」は、単に私の起した「厄介事」の一部を片づけるのを助けてくれるだけでなく、彼自身《ヽヽヽ》が、この私の経験しつつある「妙な事件」と、直接の関係を持っているのかも知れない。──そういえば、彼の変な名前も……。 「おい!」  突然「時の回廊」の未来の側の|もや《ヽヽ》から、当の男が、息せき切って姿を現わした。 「ちょっと来てくれ。──どうも、もうちょっと……四、五年先のあたりで、|歴 史 線《ヒストリー・ライン》が妙な事になっちまったらしいんだ……」 「え?」と、私も腰をうかした。「どうしてだ?──大海人皇子の暗殺という�歴史に無かった事�は未然に防いだのに……」 「それが──おれは、このあたりがどうもきな臭いと思っていたんだが、どうも�予防修復措置�をとらなきゃならなかったのは、この時点じゃないらしいんだ。第一──おれはたった今、明日の晩|中臣 鎌足《なかとみのかまたり》の枕もとで、そっと教えてやったのに、鎌足はもう知っているみたいだった。明日の昼に……つまりおれが鎌足に教える前に、観月宴は、堅田の浮殿から、宮廷内の高殿に変更された。──何でも、堅田の海人部《あまべ》が船で通りかかったら、脚柱の一本が朽ちかけているのを見つけたとかで……」 「という事は……鎌足は、もう大海人にも知らせた、という事か?」 「だろうな。──大海人皇子は、陰謀のある事をきいて、ひどく神経をたかぶらせているらしいが……」  さもあろう──と私は思った。  その時になって、私はやっと、「|大 織冠《たいしよくかん》伝」という、鎌足の曾孫《ひまご》仲麻呂の書いた鎌足の伝記に出てくる、有名なエピソードの一つに思い当った。  天智帝の七年、湖面をのぞむ高殿《ヽヽ》で観月宴の最中、突然大海人皇子が長槍《ながやり》をとって、広床をつきさした、という「実話」である。  この観月宴が、記録上、「浮殿」ではなくて「高殿」になっているのは、蘇我赤兄が糸をひき、百済系蜑民の手によって、床下の「水中から」おこなわれる暗殺の計画を鎌足が知って、「未然に」防ごうとしたのかも知れない。──今にのこる「堅田の浮御堂」は、平安中期、叡山|横川《よかわ》にあって、名僧のほまれ高かった恵心僧都《えしんそうず》源信が創設したものとばかり思っていたが、近江京時代、同じ堅田に「浮殿」があったとは知らなかった。もちろん近江京は、まだ趾《あと》も見つかっていないし、そんな記録もないが、存外源信のそれより先に存在し、かえって源信はその事を伝え聞いて「浮御堂」をつくったのかも知れない。  いずれにしても、観月宴は「高殿」に変更され、大海人皇子の身辺も、厳重に警戒されたろうが、「床下から毒針」という不気味な計画をきいた大海人は、神経が昂《たか》ぶっていて、高殿の床下に何かのもの音をきいた時、反射的に、「暗殺者」と思って、帝前にもかかわらず、長槍で床板をさし貫いたのではあるまいか?  天智帝には大海人のふるまいは「乱心」とうつり、怒って賜死《しし》しようとしたが、それをかたく諫止《かんし》したのは鎌足だったのである。  鎌足が「闇の男」から夢寐《むび》に陰謀の事をきく前に、すでにそれあるを知って手を打っていたとしたら──私たちのやった事は、必要のない事だった、という事になる。ならば……七世紀後半のこの時点において、「私が処理しなければならない事」は、いったいほかに何があるのだろうか? 「とにかく──一緒にもう少し未来へ来てくれ」と、宮古は私の腕をつかんでせきたてた。 「�未来�って……いつごろ?」 「大した未来じゃない。四年《ヽヽ》ほど先だ。六七二年……」 「�壬申《じんしん》の乱�の年じゃないか」 「それがどうも……�壬申の乱�は無かったらしい。近江京も焼けていない。�歴史�では、乱は六月下旬に起って、七月一ぱいで片がつくが、十月の時点で見ても、焼けていない……」 「なんだって? それじゃ……やっぱり大海人が死んで、大友弘文帝が生きながらえ……」 「とにかく来て見ろよ……」宮古はベルトにつけた装置のダイヤルをあわせながら、私の手をひいて、眼前の灰色の霧の中に歩み入った。「見りゃあわかる……」  一瞬の晦冥《かいめい》ののち、私と宮古は、明方の清朗な大気の中にたっていた。  左手に比叡《ひえい》、比良《ひら》の連山が連なり、山麓《さんろく》は秋色に鮮やかにいろどられている。──いぶし銀色に光る琵琶《びわ》湖の湖面や山麓からは、朝霧が急速に退きつつあり、その彼方《かなた》から、青朱の瓦《かわら》をおき、白壁に朱金の楼閣《ろうかく》、崇福寺のそれらしい塔頭《たつちゆう》をそびえさせ、湖面にむけて長い渡殿《わたどの》、桟橋《さんばし》をつき出し、その先に幾艘《いくそう》もの大船をもやわせた華麗雄大な近江京の姿があらわれつつあった。  水面をかすめて千鳥がとぶ。鳰《にお》が泳ぐ。月の残る朝の空を雁《かりがね》が列をつくっておりてくる。──沖合にははやくも帆をあげる船がある。まことに爽やかな、細波《さざなみ》の滋賀の都の朝ぼらけだった。  私たちは、瀬田川河口の東岸、白砂青松の連なる人気のない湖畔にたっていた。──眼前に、丈余の角柱|石碑《せきひ》が立ち、それに雄渾《ゆうこん》にきざまれてあった。 [#本文より1段階大きな文字] 大海国志賀大津京[#「大海国志賀大津京」はゴシック体]  ──大海《ヽヽ》国?  と、私は思わず眼をうたぐった。  宮古のほうをふりかえると、彼はだまって、傍の、まだまあたらしい木札をさした。──全体は漢文体で書かれ所々万葉仮名で訓じてある。 [#ここから2字下げ] 大海国《オオミノクニ》志賀之里大津京ニ天《アメ》ノ下シロシメス今上《イマノ》、|天 息中原瀛 真人《アマノオキナカハラオキノマヒト》ノ|天 皇《スメラミコト》ハ幼《ワカ》クマシシトキニ大海人皇子《オオアマノミコ》ト曰《マオ》ス。|今上天 皇《イマノスメラミコト》、天津日嗣《アマツヒツギ》ヲ継ギタマヒ、高御坐《タカツミクラ》ニツキタマヒシ時、宣《ノ》リタマヒテ曰《イワ》ク、母同兄《イロセ》ノ|先 帝天 命開 別 天 皇《サキノミカドアマノミコトヒラカスワケノスメラミコト》ノ開キタマヒシ近江ノ国志賀ノ里|大津京《オオツノミヤコ》ヲ天ノ下万代ノ都ト定メ、朝日ノ直射《タダサ》ス|近 淡 江《チカツアフミノミ》を万邦に開ク大海ト観ジテ、以テ先帝ノ鴻業ヲ嗣グ礎トナサント。 ココニヨリテ、近淡江国《チカツアフミノクニ》ノ表字ヲ改メ替フルニ大海国ヲ以テス。又|遠淡江国《トオツアフミノクニ》モコレヲ遠海国ニ改メ、一階ヲ上ジテ……。 [#ここで字下げ終わり]  私は唖然《あぜん》として、その木札を見つめていた……。  何という事だ!──「正史」にのこる記事とちがって、「壬申の乱」はなく、したがって近江京炎上も、飛鳥浄御原《あすかのきよみはら》への遷都もなく、帝位は天智帝からすんなり皇弟大海人皇子へうけつがれ、あまつさえ、新帝は、大津京を「万代ノ都」にすると宣命《せんみよう》にうたっているのだ!  しかも、自分の皇子名「大海人」にかけて、琵琶湖を「大海」とみなし、近江国の表記を「大海国《おおみのくに》」に変え、ついでに遠淡江(浜名湖)の国も「遠海国」に変えてしまったのだ!  第一、新帝天皇名も、「歴史記録」とちがっている。──壬申の乱後、大海人は大和の湿地にかこまれた飛鳥浄御原で即位した。その新京の地形にちなんで、「|天渟中原瀛 真人天 皇《あまのぬなかはらおきのまひとのすめらみこと》」と称えたはずである。「渟中原《ぬなかはら》」が、「沼で囲まれた大地」を意味するからである。  そこが、この木札では「息《ヽ》中原」になっている。──中大兄、大海人の実父舒明帝の名は、「息長足日広額《おきながたらしひひろぬか》」であったから、父からついだ「息長足」を「息中原」にひっかけ、オキノマヒトは、「大海人」をあらわしたのだろうが──それにしても大変なちがいである。大海人皇子《おおあまのみこ》は、即位して、字はほとんどそのまま大海帝《おおみのみかど》とよばねばならない……。  いったいなぜ、こんな事になったのか?──|歴 史 線《ヒストリー・ライン》は、いったいどこでもつれ、どこからおかしくなったのだろう? [#図(img¥119.jpg、横×縦)] 「大体見当がつく……」と傍で、黒ずくめの衣裳のまま、宮古がうめいた。「が……しらべるのに、今度はまた少し時間がかかる。それに──もし、おれの推測が当っていたら、手間《ヽヽ》がかかる。今度こそ、あんたに、本格的に手つだってもらわねばならん……」 「何をすればいいんだ?」少し心細くなって私はきいた。 「|おれの《ヽヽヽ》�代役《ヽヽ》�……」と宮古は腕組みをして言った。 「そんな……ぼくにゃ無理だ!」私はあわてて手をふった。「タイム・パトロール・マンの訓練をうけてないし、第一、機械に……」 「それが、できるんだな……」  突然、覆面に手をかけてはずしにかかりながら、宮古は眼もとにニヤニヤ笑いをうかべた。 「あんただから|こそ《ヽヽヽ》おれの代役ができるんだ。──今、その理由を教えてやる……」 [#改ページ] [#この行1字下げ]どうせあと三回ばかりだから、このまま厚かましくつっぱれ、と言うので              あるいは、例によって、またまた  題 未 定  第4回  変る可能性のある仮題として              「大明帝異聞[#「大明帝異聞」はゴシック体]」 [#改ページ]      18  |熊津 山 宮古《くまなれのむれのみやこ》と名のる近江朝廷の|時 丁《ときのよぼろ》は、私をひっぱって|時の回廊《タイム・コリドーア》を、また、一、二年、過去へむかってさかのぼり、そこで私に、粗末な薄藍色の麻の丁衣を着せた。──大分汚れていて、袖口《そでぐち》などほころびかけているのを、たくしこんでごまかしてある。 「何だかいやな臭いがするな……」と私はぼやいた。「シラミでもいるんじゃないか?」 「いるかも知れんが、この時代じゃ気にしない事になってるんだ。文句言うな」  と宮古は私の頭に、これもはげちょろになった粗末な冠をのせながら言った。 「おれの着てる仕事着だ。──多少|襟垢《えりあか》はついているが、何しろ麻だから、へたに洗うとバラバラになっちまうんだ」 「だけど、本当にばれないかね?」私は動悸をおさえながらきいた。 「大丈夫……。今日は夜勤だから、あのうす暗がりの中じゃ、ちょっとやそっとで見わけがつかん。何しろあんたとおれは、体つきも顔つきも、まったくよく似てるからな」  その事は、宮古という下級タイム・パトロールが黒覆面をとった時から気がついていた。──丸顔で、眼が細くて、肥っていて……。どうもこんな男に似ているなんて、われながらあまりうれしくない。 「それでその……何をやりゃいいんだい?」 「簡単だよ。──宮廷の中、内裏の外に、陰陽寮がある。その一角が、楼になっていて、その中に漏刻《ろうこく》台がある。漏刻ぐらい知ってるだろ? 水時計だ。そいつの一番下に�水海�という水うけがあって、その蓋《ふた》の穴から、銅箭《どうせん》がのぞいている。時間がたつにつれて、それが穴からうき上ってくるから、その目盛りを読んで、鐘《かね》と鼓《つづみ》をうちゃいいんだ」 「うちゃいいんだって、そんな……」私はあわてて、「どんな具合にうつんだ?──こっちは鳴り物なんて、まるでだめだぜ」 「いいよ。今夜のあんた──つまり、おれの役は、時刻目盛りを読むだけだから……」宮古は飲みこみ顔で言った。「子《ね》の刻《こく》、つまり真夜中に交替だ。それまでの辛抱だ。同僚が何だ彼だと話しかけてくるが──本当は勤務中の私語は禁じられてるんだが──そいつは何とか言ってごまかすんだな。さあ、行くぜ」  宮古は私の腕をつかんだ。 「なるべく早く帰って来てくれよ」と、私は心細くなって、哀願するように言った。「いったいどこへ行く気だ?──何をやるつもりなんだ?」 「それがはっきりせんから、時間がかかるのさ。──どの時点で、|歴 史 線《ヒストリー・ライン》がもつれたか、はっきりわかってたら、何もあんたに替え玉になってもらう事はないんだ……」  |時の回廊《タイム・コリドーア》の灰色の壁が、一瞬ふっと暗くなったと思ったら、私と宮古は、うす暗い、粗末な建物の中にいた。──下は土間になっていて、妙な臭いがする。中央には大きな土の炉が切ってあり、灰の上で燠《おき》が赤く息づいている。その上に、まっ黒にすすけた三脚の大きな銅鼎《どうてい》がおかれ、木蓋の下で湯がたぎっていた。  明りのさす入口の方を見すかすと、私と同じような恰好をした男たちが四、五人、がやがやと話をしていた。 「宮古!」とそのうちの一人が入口からのぞいてどなった。「早うまいらぬか。交替の刻限じゃ、おくるると、また杖で打たれるぞよ……」 「はあ……」  本物の宮古に、どんと背中をつかれ、よろけて歩き出しながら、思わず答えた。  と、その時、時丁の控所らしいその建物のすぐ近くで、とうとうと乾いた音が響きはじめた。  入口へ出ようとすると、背後から、 「おっとっと……」  と言う声がして、いきなり眼鏡をひったくられた。 「こんなもの、かけていられては、大さわぎになるからな……」 「冗談じゃない! かえしてくれよ!」私はあわてて背後をふりかえって、手をふりまわした。「それをとられちゃ──とても、時の目盛りなんか読めやしない」  が、もう|本物の《ヽヽヽ》宮古の姿は、小屋の中のどこにもなかった。 「宮古!」と、おし殺した叱声が入口からきこえた。「早《はよ》うならべ!──漏刻博士《ときもりのはかせ》がまいらるるぞ!」  まったく妙な事になっちまったもんだ……と、つくづくわが身をはかなみながら、私は、いやにゆっくりした足どりで、宮殿内を歩んで行く行列の後について歩きながら思った。  時は天智帝十年(六七一)五月──と宮古は言っていた。──私が本来《ヽヽ》住んでいるべき時代から一三〇五年も昔の時代だ。こんな時代に、こんな汗くさいぼろの麻衣を着て、所もあろうに、現代《ヽヽ》では、そのあった場所もはっきりしない、近江京の中を、わけのわからない下級廷吏たちのあとにくっついて、のそのそ歩いているなんて──こんなところを、星新一や筒井康隆、半村良や豊田有恒などという悪友たちに見られたら、いったい何と言われ、何と冷やかされるだろう? 女房が見たら実家へかえると言い出すかも知れないし、子供たちが見たら、非行に走るかも知れない。もっとも、ホノルルのレストランであったベンの話だと、今ここで、こうして、天智朝の下級官人に化けている私以外に、もう一人、「この話を書いている私」が、ちゃんと自宅にいるというから、ばれはしないだろうが……。  先頭を行く、絹服を着、唐冠をかぶった二人の貴人──一人は朱、もう一人は黒の衣裳だった──は、いわゆる漏刻博士《ときもりのはかせ》らしかった。貴人といっても、平安朝の律令成熟時代でやっと従七位だから、大した事はないだろうが、皇太子だった中大兄皇子時代に自ら中国をまねて漏刻《ろうこく》をつくったという天智帝の寵を得ている、という意識からか、貧相な顔に、泥鰌《どじよう》ひげなどつっぱらかして、いやに尊大ぶっている。  漏刻がつくられたのは、もうだいぶ前だが、これが特別の楼台の上におかれ、鏡鼓を打って時刻を知らせるようになったのは、ついここ一月ばかりの事だ、と、宮古は言っていた。──白村江《はくすきのえ》で敗けて、かえっていよいよ唐制をもって日本をととのえねばならぬと思ったためか、あるいは滅亡した百済の宮人たちの進言によったのか、天智帝は、いよいよ中国の如く、「授時暦」つまり「暦を以《もつ》て人民に|時を授ける《ヽヽヽヽヽ》」という、天子の重要な機能を治世の最末期になってとり入れはじめたのかも知れない。  時丁の行列は、二人の博士の後に八人がつづく。──一人が、何やら錦につつんだひらべったくほそ長い箱を大事そうに持ち、もう一人が銅の柄杓《ひしやく》を入れた桝《ます》のようなものを持ち、さらに二人が水のはいった桶《おけ》を棒でかついでいて、あと四人が手ぶらだ。行列は、えらく時間をかけて、青黒の瓦、朱金の柱の楼閣のたちならぶ宮廷の中を、ゆっくり練り歩き、衛兵たちに礼をうけたりして、結局もとの陰陽寮へかえって来て、その傍に立つ三層楼の中の階段を、ゆっくりのぼって行った。  楼の最上層は、二十畳敷ぐらいの広い板敷の間だった。軒《のき》は深いが、四方吹きさらしにあけはなたれ、冬はさぞ寒かろうと思われた。中央に、何やら高さ二メートルほどのものがおかれ、そのむこうに、私と同じような服装の男たちが六人、平伏していた。──時刻は夕方だが、曇り空なので内部はうす暗い。  黒衣の博士が、懐《ふところ》から何か小さい金属製の箱のようなものをとり出し、ふうふう吹いていたと思ったら、ぼっ、と小さな炎がもえ上った。その炎を、中央の大きなものの傍にある灯明《とうみよう》にうつす。灯明台には、内側を白銅で張った、金属製の風|除《よ》けがついていた。  もう一人の、朱衣の博士は、楼の西側の勾欄《こうらん》の所へ行って、きっとした面持ちで、眼前にそびえる叡山《えいざん》の連峰を見た。──日没の時をはかるつもりらしいが、いくらにらんだって、曇っているから見えやしまいに……。  と、灯明の傍にすわっていた黒衣の博士が、先に坐っていた時丁たちに眼くばせした。──一人が、巨大な太鼓の前で桴《ばち》をとり上げ、一人が一かかえもありそうな青銅の鐘のまえで、これも大きな槌《つち》をとり上げた。もう一人が、つ、つ、と膝行《しつこう》して、黒衣博士の横に控える。  隣りにいたやつが、ぐい、と私の臀《しり》をついた。──それで気がついて、私も膝行して、おどおどと、反対側に控えた。  なるほど、この連中が、近江朝の「|時 丁《ときのよぼろ》」か……と思いながら、私はそっと横眼でまわりを見まわした。  宮古は、「近江朝の漏刻がかりの下級廷吏で、歴史記録にものっていない」と言ったが、実際は、この時代の三十年ほどあとに出た「大宝律令《たいほうりつりよう》」で、漏刻博士の下につかえる「守辰丁《しゆしんてい》」(または「ときもりのよぼろ」)という制度がきめられている。──大宝令《たいほうりよう》では漏刻博士二人の下に二十人とされているが、ここでは人数がちょっとすくない。一部非番なのか、近江令の「時丁」の制度が、大宝令のそれとはちがっていたのか……。  よく見えない眼をしょぼつかせながら、そんな事を考えていると、ふっとまた黒衣博士がうなずいたように見えた。  その時、西の勾欄で山の方をにらんでいた朱衣の博士が、 「今!」  と叫んだようだった。  とたんに桴《ばち》をもった男が、太鼓をとうとうと打ち鳴らしはじめた。──四つ打って、五つ目に黄銅の鐘が、ぐわーん、と鳴りわたる。梵鐘《ぼんしよう》ほど深い響きはないが、澄んでまる味のある音で、西にそびえたつ叡山の連峰にこだまし、青白朱金の都城の楼閣をこえ、東の湖面をはるかにわたって行く。  湖面で、水鳥たちが驚いたようにいっせいにとびたち、大きく輪をかくのが見えた。  朱衣の博士は、勾欄からはなれると、黒衣博士と対座し、一礼した。  鐘の残響が消えると、はじめて楼上のうす闇の底にかすかにちょろちょろと鳴る水の音が聞えて来た。──私はそっと眼を上げた。  これが「漏刻」というものか……と、私は闇になれた眼で、つくづくとながめた。──眼鏡をとり上げられてしまったから、ぼんやりとしか見えなかったが……。  高さ二メートルほどの、美々しい水龍文の彫刻のある朱塗りの木の台は、奥から手前へむかって、四つの段があり、その段の一つ一つに、大きな銅の角槽がおかれてあった。──横に星辰、聖獣の模様のほかに、何か字が浮き彫りにされてある。  水は最上段の角槽から、細い管を通じて、段々に下の水槽におち、四つ目の水槽から、床上におかれた、大きな、高さ一メートルほどの容器の蓋にあいた穴から中へそそぎこむ。容器は小さな車のついた台の上におかれ、その蓋の上には、朱塗り木製の小さな武人像があり、よく見ると、その武人像のもっている銅製の長い杖は、木製の蓋にあいた小さな穴からつき出しているのだった。──銅の杖には、こまかく刻み目がきざまれ、刻み目四つ毎に朱が入れてある。  黒衣博士が合図すると、私と一緒に来た時丁たちの一人が、漏刻台の後から、もう一つのそっくり同じような容器をひき出して来た。──ちがう所は、蓋上の武人像が青塗りなのと、杖をもっていない所だけだった。黒衣博士は、時丁の一人のさし出す錦の包みをあけ、中の黄銅製の箱から、細長い銅箭をとりあげ、朱衣博士に示した。朱衣博士がそれをしらべてもっともらしくうなずく。黒衣博士は、新しくひき出した容器の蓋の穴につきさした。──銅箭は深く沈みこみ、木製武人のさしのばす手の先からわずかにのぞくだけになった。  次に黒衣博士は、桝《ます》と柄杓《ひしやく》をとりよせ、水桶の水を、蓋の注水口から慎重にそそぎこむ。──銅箭は武人の手の中から、ゆらゆらとわずかばかり浮き上った。  ここで、またもっともらしく両博士の会釈があり、漏刻最下段の流出口を朱衣博士がふさいで、水のいっぱいになった容器をひくと、黒衣博士が新しい容器を流出口の下にさし出し、水口をひらく。──時丁二人が、背後の階段から水槽を最上段にかつぎ上げ、一番上の銅槽に水をそそぎこんだ。かくて、水は、最上段にある「夜天池」から、「日天池」「平壺」「万分壺」と四段に流れこみ、銅箭をたてた浮標《ふひよう》のうかぶ「水海」という容器の中に流れこむしかけである。  そのあとも、すでにいっぱいになっている昼間用の容器──「日水海」から水桶へ水をうつしたり、鐘、鼓の前に坐る時丁と、私と一緒に行った時丁たちの交替の儀式があったり、もったいぶった儀式があって、やっと二人の博士は立ち上った。先に坐っていた六人の時丁もたち上り、こちらは私をふくめて手ぶらだった四人と水桶の二人、計六人がのこった。そして博士たちが時丁を連れ去ってしまうと、残り六人のうちさらに三人が立ち上り、階下へおりて行った。あとには、鐘鼓の前にすわった二人と、灯明の傍にすわった私だけがのこされた。      19  三人だけになると、鐘鼓の前の二人は、やれやれというように、急に居汚《いぎたな》く居ずまいをくずした。 「だいぶ気候もようなったの……」 「これも一ときで、やがてまた、蚊が出て来よるわい……」  といったような意味の事を、二人は訛《なま》りの強い言葉で話しあっている。 「おう、宮古……ちょっとこっちへ来てくつろがんかい?」  太鼓の前の一人にそう声をかけられて、私はひんやりとした。 「よせよせ。──また、�|うつけ《ヽヽヽ》の宮古�が話に興じて、刻限を読むのを忘れたら、わし等までどやされる」と鐘前の男がからかうように言った。「少しぐらいおくれても、わかりはせんがの。いつぞやは、眼ざと耳ざとの舎人《とねり》が、どうもおそすぎると、とがめに来たぐらい……」 「そうやそうや。あの時は、小用に行くとかで、ふらりと出たまま、なかなかかえってこず──ほんに、宮古の|うつけ《ヽヽヽ》には驚いたわ」 「こちらも、こっそり博奕《ばくち》をしていてうっかり刻限に気がつかなんだから大きな事も言えぬが──これ、宮古、そこでそうしてまじめにしとるのはええが、居眠って、告げるを忘るなよ。ほれ、黄檗《きはだ》でも噛《か》めや」  眼の前の床にからりと何かが投げられた。  ひろい上げてみると、何やら木の皮のようなものが、黒いピッチのようなものでかためられている。──気味が悪いと思ったが怪しまれても悪いと思ったので、とりあげ、噛んでみると、強烈な香りと苦味の中に、かすかな甘味がある。黄檗《きはだ》の樹皮を、甘草《かんぞう》か何かでかためたものらしい。  ミカン科|黄檗《きはだ》の樹皮は、古来、苦味健胃の効のほかに眠けざましの効があるとされて、禅家はこれを噛んで、坐禅の時に眠らぬようにしたと伝えられる。──のち、これが喫茶の習にとってかわられるが、宇治万福寺で有名な臨済|黄檗宗《おうばくしゆう》も、現代中国の本山黄檗山では、この木を植えていたのかも知れない。  眠気ざましはいいが、灯明のうすぐらい炎の下で、細い銅箭の目盛りを読むのは容易な事ではない。──なにしろ、本物の宮古に、眼鏡を持って行かれてしまったし、乱視まじりの近視の裸眼視力はどちらも〇・一をはるかに下まわる。 「ところで宮古……」懐《ふところ》から、何やら怪しげな札をとり出し、もう一人と博奕《ばくち》をはじめたらしい鐘の男がまた声をかけて来た。「おぬし、今日はいやにいい釧《くしろ》をしておるの。大津《おおいなれ》の色女にでももろうたかい?──どうや、われ等の博奕に、そいつを賭けんかい?」  言われて私は、思わずはっと左手首をおさえた。  何と!──眼鏡はとられたが、腕時計《ヽヽヽ》ははめたままだった!  よく博士たちに見とがめられなかったものだ。──もっとも見とがめられても、自動巻三針ウォータープルーフ・ストップウォッチ付きの腕時計が、七世紀後半の人間に、何だかわかるわけはないが……。  しかし、このおかげで、真夜中までぼやけた眼をこすって、いちいち見えにくい銅箭の刻み目をのぞきこむ苦労は無くなった。私はひそかに時計の針をのぞき、次の刻み目が武人木像の手の所までくる時刻をはかった。  銅箭の刻み目は、四半刻──約三十分をしめし、四半刻ごとに太鼓をうち、半刻目には打数を多く、そして一刻たつと太鼓とともに鐘を鳴らす、と本物の宮古に聞いて来た。時鐘の数は、捨て鐘三つを低く、あとの時刻を高くうつ。真夜中零時と、昼間の正午が六つ、あと二時間毎に一つへらして行く。つまり、真夜中の子の刻と、真昼の午の刻は、捨鐘三つプラス六つで、九つ打つわけである。  四半刻たつと、朱衣博士のやったように、「今!」と声をかける。──刻限には「戌《いぬ》」とか「亥《い》!」とかその名をよぶわけである。  夜は深々《しんしん》とふけて行き、眼下の近江京|内裏《だいり》、大内裏の楼閣も夜の闇に沈んで行った。かろうじて衛門のかがり火が風にゆらぐのが見えるだけである。  ちょろちょろ、ちょろちょろ、とかすかな音をたてて流れる水音に、ともすれば眠気にひきずりこまれそうになりながら、私は、ついさっき見て来た、「二、三年先」のこの近江京の、奇妙な改名をどう考えたものか、と思案しつづけた。  あの奇妙な木碑によると、南北朝とともに皇室のもっともあからさまな皇位継承戦争である、史上有名な「壬申の乱」は無かった事になる。──皇位は、天智帝から、その溺愛する晩年の皇子大友皇子にわたる事なく、すんなりと皇弟大海人皇子にうけつがれ、したがって乱は無く、近江京は焼かれず、かわって「大海人《おおしあま》皇子」の名にちなんで、近淡江《ちかつおうみ》は「近大海《ちかつおおみ》」とあらためられ、それにともなって遠淡江は遠大海に、近江京は大海京《おおみのみやこ》と……。  その時私は、また胸をつかれた。  大海帝《おおみのみかど》……ちょっと苦しい重箱読みだが、これは、「大海帝《だいみてい》」と読めないか?  大海帝……題未定《だいみてい》……。  またしても、ここに、「題がきまらない事」に何か関連しているらしい兆候があった。  しかし、それにしても、これはいったいどういう事なのか?  私の──軽々たる一SF作家が書く小説の題がきまらない事が、「日本史の流れ」を変えてしまい、「壬申の乱」を史上から消して「近江京」を天智一代で終らせなかったのだろうか?  ええ畜生め!──何がどうなってるか知らないが、早くあの|熊津 山 宮古《くまなれのむれのみやこ》とかいう、下級タイム・パトロールが帰って来て、事情を説明してくれないものか……。  そう思った時、私は再び愕然とした。──|熊津 山 宮古《くまなれのむれのみやこ》……たしかについ最近朝鮮半島でほろびた百済《くだら》には、熊津江という大河があり、その上流に熊津城《くまなれのさし》という砦があった。彼のこの時代での名はそこからとった、ともっともらしい事をいっていたが──熊津《くまなれ》とか山《むれ》とか、倭語か百済語かわからぬもったいぶった読み方でなく、現代日本語風の読み方をすれば、熊津山《くまつさん》だ。そして、宮古《みやこ》の二字を、同意の「京」の字に当てれば、  熊津山京《くまつさんきよう》!!  とすれば、彼もあのホノルルの、ベンヴェヌート・ピノーロサッコ同様、私自身《ヽヽヽ》の「ややずれた分身」という事になるのか? だから私が彼の「替え玉」になれるほど似ているのか?  そこまで考えた時、突然階下からのそのそと、三人の時丁があらわれた。──最初、一緒に来た連中だ。階下で睡っていたらしく、欠伸《あくび》をしたり、眼をこすったりしている。 「どうした?」と、その中の一人が言った。「早く鐘を鳴らせよ──その銅箭の具合だと、もう子《ね》の刻をすぎてるぞ……」  鐘鼓係りはあわてて太鼓をうち、鐘を鳴らした。  真夜中の交替がすんで、今度は私たち三人が仮眠をとるために、一階下の第二層へおりて行くと、突然暗闇の中からぬっと手が出て、私を物蔭にひっぱりこんだ。 「しッ!──おれだ……」と押し殺した本物の宮古の声が言った。 「どうだった?」私は思わずせきこんだ声できいた。「何だか知らないが、うまくいったかい?」 「大友皇子の暗殺だけは、何とか防いだ。……大海人皇子暗殺未遂に対する大海人側の報復だったが……」宮古の声はなんだか疲れ切っているようだった。「皇子の夜出を、陰陽師《おんようじ》をつかって何とかとめさせたんだが……そのかわりに舎人《とねり》が二人殺された……」 「誰に?」 「|伊賀国 造《いがのくにのみやつこ》の手のものだ……」 「伊賀国造の?」私はおどろいた。「ちょっと待ってくれ。──大友皇子は、たしか伊賀国造の娘のうんだ……」 「前に言ったろう。彼女の本当の娘じゃない。百済王家の庶流で、伊賀臣《いがのおみ》の養女だ。──だが、このごろ、伊賀臣との間がうまく行っていないんだ。彼女は気位が高いんで……」  その事はたしかに聞いていたが、私は突然もう一つの事に思い当った。──天智帝崩御後、大海人皇子は吉野へ隠退したが、近江朝新帝となった大友皇子(後世|諡号《しごう》弘文帝)派と、吉野との間の緊張は極度に高まり、ついに六七二年、近江朝側の吉野討伐の気配をさとった大海人皇子は、多数の皇妃、子女とともに暮夜ひそかに吉野をぬけ出して伊勢路を東走し、隠《なばり》を経て、伊賀の地へさしかかる。ここの積殖《つむえ》で、近江から甲賀越えでかけつけて来た大海人皇子の長子|高市皇子《たけちのみこ》の一行と出あうのだが……この時、隠《なばり》、伊賀の駅《うまや》で村中に大声で呼ばったのに、誰も出てこないかわりに、誰も妨げようともしない。また、大海人皇子が、ついに吉野を出て兵をあげんと東国へむかいつつある、と伊賀人が大津京へ速報した形跡もないのだ。  考えてみると、これは奇妙な事である。──もし、大友皇子の皇母が、本当に伊賀臣国造の実女なら──伊賀の国は郎党あげて大友側について当然であり、また大海人皇子も、対立する新帝の実母の出身地、つまり「敵地」を足弱の後室子女を連れてまっすぐに通過し、しかもここで長子高市皇子と落ち合う、などという危険をあえて犯すはずはない、と思われる。  とすると、やはり宮古の言う通り、大友皇子の実母、伊賀宅子は、伊賀国造との縁がうすかったのだろうか? 「それで……大友皇子暗殺を食いとめたおかげで、歴史は何とか|もと通り《ヽヽヽヽ》になったかい?」私は二階の奥の莚《むしろ》の上で、もう鼾《いびき》をかきはじめた二人の時丁の方を見ながら聞いた。「近江朝は一たん弘文帝がついで──それで壬申の乱は、|ちゃんと起るのかい《ヽヽヽヽヽヽヽヽヽ》?」 「だと思うがな……まだ、何とも言えない……」  宮古の声は、妙に弱々しかった。 「あんた……怪我《けが》してるんじゃないか?」  私は、闇の中で、突然汗まじりの血の臭いをかいだような気がして、思わず手をのばした。 「大した事はない。もう血はとまってるよ……」と暗闇の中で宮古はつぶやいた。「それより──早くその衣裳をぬいでかえしてくれよ。おれも朝の交替まで、眠りたいからな。──それから……あんたはあまり長くここにいられない。すぐ、十七世紀へ行かなけりゃならない……。歪曲場環流ビームが、今、すぐこの後にセットされている。手を出せ……。おれが送り出してやる……」 「今度は千年も未来《ヽヽ》へもどるのか……」私は麻衣をぬぎながらぶつぶつ言った。「いったい今度はどこで何をやれって言うんだ?」 「あんたのおかげで、|歴 史 線《ヒストリー・ライン》の上に起ったちょっとした|もつれ《ヽヽヽ》が先へ行って、どうもますます厄介な事になっているらしいんだ……」宮古は私の手をつかんだ。──何だかぬるぬるした手だった。「行く先は、正保年間……徳川三代将軍家光のころだ。場所は……|漏刻の三段目《ヽヽヽヽヽヽ》……」 「何だって?」 「まあいい。行きゃあわかる……」宮古の声はますます弱々しくなって来た。「むこうで……途中で、誰かが……さあ、早く……」 「行くけど、眼鏡を返してくれよ……」と私は言った。「それがないと、まるきり見えないんだ……」      20  陽ざしが強い。  秋だというのに、やはり九州は南国だという感じがする。  といっても、ここは九州西北端に近い、平戸の島だ。──今、鼻腔《びこう》に磯《いそ》の臭いをはこんでくる快い潮風も、冬ともなれば、玄界灘《げんかいなだ》を荒れ狂わせる凛烈《りんれつ》の寒風と変るのだろう。  平戸の街から、緑の丘上にそびえる平戸城をあとにして、東の平戸瀬戸とは反対側の薄香《うすか》湾へ出る道を、私は歩いていた。──目ざすのは、城下町から陸路南西一里余の所にある龍燈山千光寺の別院──建久二年(一一九一)「喫茶養生記」を書いた臨済僧|栄西《えいさい》が創立し、はじめて大陸より茶の実をもたらして蒔《ま》いて、本邦茶道のはじまりの地とつたえられる名刹《めいさつ》だ。──歩いても大した道のりではないのだが、秋の日ざしは強いし、道は乾いて埃《ほこり》っぽいから、薄香江で寺のすぐ下まで行く便船にのれ、と指示され、その通りにする事にした。  時に正保三年(一六四六)陰暦九月──古来より松浦《まつら》党の領する所で、中近世は、日中韓をふくめた「倭寇《わこう》」の一大根拠地となり、明代南海倭寇の大頭目|王直《おうちよく》もこの地に拠《よ》ったといい、また現在大陸にあって、怒濤《どとう》の如く華北を席捲し華中華南へ殺到する新興満洲族清国の軍をむかえ、明朝遺裔を擁して、南海にこれをささえる大海賊|鄭芝龍《ていしりゆう》も、この地に居館をかまえ、日本人田川氏の女との間に、あの有名な鄭成功《ていせいこう》をこの地でもうけたのである。  そして、織豊《しよくほう》末から盛んになる南蛮朱印船貿易の一つの拠点もここにおかれ、徳川幕府になるや、外国商館はこの地に集中し、ポルトガル、スペインのザビエルを含む宣教師たちは、この地に教会をたて、オランダ、イギリスの商館は、この地に集中された。──が、十年前の島原の乱以来、ますますキリスト教禁圧をきびしくし、鎖国政策へとむかう徳川幕府は、イギリス商館の閉鎖、スペイン、ポルトガル人の来航禁止後、独りのこって粘っていたオランダ商館も、五年前、ついにとりこわしの上長崎の出島にうつされ、かつては中国、南海、西欧の人士文物が集い、船舶建築の新技術をきそったであろう平戸の島も、わずかにそこここに異国情緒の跡をのこすのみで、ようやく衰退の影を濃くしはじめていた。  薄香湾は、とろりと凪《な》いで、湾口にだけわずかにさざ波がたっている。──左手南方には、白雲をはいたぬけるように青い空の下に、安満山の紫色の影がもり上る。  船着場へ行くと、三、四十石ぐらいの、船脚のはやそうな軽舟が、帆をあげる準備をしていた。──浦々へまわる便船らしく、粗末な筒袖《つつそで》にかぶりものの老婆や鼻垂れが、やかましく鳴く|ちゃぼ《ヽヽヽ》の籠《かご》などと一緒に、もう乗りこんでいる。帆綱をさばいている赤銅色の水夫の、平たい鼻、けわしい眼付きは、どうも日本人というよりもマレー系──スマトラのバタク族あたりではないかと思われた。  でっぷり肥って、銀の針を植えたような不精髭《ぶしようひげ》を一面にはやした、丸坊主の船頭が、石川五右衛門のくわえそうな太い南蛮《なんばん》煙管《ぎせる》で、ぷかりと煙草をふかしている。近よると、大きな、白眼の黄色く濁《にご》った眼で、ぎろりとこちらを見た。──懐から、銅板製の手形様のものをとり出して見せると、一瞬、眼光鋭くねめまわしたが、顎《あご》を船板の方へしゃくると、またぷかりと煙の輪を吐く。 「おうおう、これはお珍しい。──眼鏡《めがね》でございますな……」と横合いから、ひどく都会風の、歯切れのいい声がした。「坊、あの方の眼のまわりにはりついているもの……あれが眼鏡というものじゃ。いえ、カピタンたちの持っている遠眼鏡ではない。うちの祖父さまのように、年をとって、眼精の悪くなった人でも、あれをかけると、もとのようにはっきり見える。──それにしても、お珍しい。縁は鉄でなくて|べっ甲《ヽヽヽ》、玉も水晶でなく、ギヤマンらしゅうござりますな。やっぱり、長崎の螺鈿師《らでんし》、生島藤七どのの作で……」  べらべらとまくしたてる男を見ると、年の頃は四十五、六、でっぷり肥った浅黒い顔に薄あばたがあり、髷《まげ》は当世風に後の方にちょっぴり、中国貿易の商人でもあろうか、これから吹きさらしの海舟にのろうというのに、ぞべりとして|ぬめ《ヽヽ》のある濃緑の山東絹の衣服に、細身の七宝つなぎを織り出した錦の帯、足袋《たび》は萌黄《もえぎ》に白斑《しらふ》の鹿皮らしかった。──六つぐらいの、唐子《からこ》風の頭をした、これもいい身なりの男の子を連れている。  言われたこちらも、繻子《しゆす》の道服まがいの上から、のちに博多献上と言われるようになった帯をぐるぐるまきつけ、ほこりよけにビロウドの羽織様の上衣を着て、胸紐は珊瑚《さんご》と瑪瑙《めのう》の二分玉つなぎ、頭には、唐人髷風のものをくっつけているのだから──いくら御当地の「時間監視局員」が手配してくれたといっても、かなりチンケなものだったにちがいない。しかし、つい数年前まで南海大陸紅毛南蛮の地と、「大航海時代」の七つの海に開かれた平戸の地では、「異様な服装」といっても、別にふりかえる人もなかった。 「眼鏡」を珍しがられたのも、その男がはじめてだった。──眼鏡は、ヨーロッパでは十三世紀ごろから実用にはいり、中国ではそれより古いとつたえられるが、日本において、本格的に実用化したのもこの時代である。一説によると、例の長崎代官末次氏の貿易船の船長で、台湾におけるオランダ人の暴虐《ぼうぎやく》を怒って、台南ゼーランディア城で一たん捕虜になりかけながらかえって総督ピーター・ノイツを人質にとり、日本まで連れかえって裁判にかけた、豪勇浜田弥兵衛が、十七世紀はじめジャバで技術をおぼえて、長崎の螺鈿師《らでんし》生島藤七につたえたのがはじめてとされるが──事実、二十世紀の今日、本邦に現存する最古の眼鏡は、東照神君徳川家康の久能山墓中に見出されるものである、という。この時代ではまた、柳生|但馬守宗矩《たじまのかみむねのり》が、黄楊《つげ》の台に蝋石《ろうせき》をはめた、世界最古の「義歯」をしていたという妙な時代である。  いや、この眼鏡は──と口ごもっていると、船頭がやおら煙管《きせる》をはたいて腰をあげ、 「出るぞい」  と野太い塩辛《しおから》声で一声言うと、陸の客を、追いたてるように船へのりこませた。  纜《もやい》を解く──棹《さお》で底をつく──櫓櫂《ろかい》になって湾央に達すると帆があがる。  船が南の岬の鼻をすぎようとする時、さっきのでっぷりした男がまた、 「失礼ですが、このあたりの方ともお見受けしませんが──どちらまで?」  とたずねかけて来た。 「ついこの先です」と、かくすわけにも行かないので、「千光寺まで……」  と答えると、相手は、おやまあ、と言うように大げさな表情をした。 「それは奇遇……実は手前どもも、そこへまいりますので──。何でも、ついこの間、千光寺さまの別院の奥に、えらく結構なお館が建ちましたそうで、小堀一政(遠州)どのが、わざわざ平戸へくだり、ひそかに墨をひかれた、ともうかがっております。遠州どのは聞えた茶人ゆえ、さぞかし凝《こ》ったお茶室もあろうかと思いますが、どういうわけか、まだ誰にも開いていないとか……」  ちら、と、鋭く動く眼で、男は私の表情をぬすみみた。 「私?──堺《さかい》の小商人《こあきんど》で、茶商いの傍《かたわら》、茶道具、唐物《からもの》などもあつかっております柏屋左平次と申すもので──禅家に出入りがありますもので、西国路へくだりますと喫茶|発祥《はつしよう》の地に、お参りもしたり、また何かと話の種を仕入れにまわっております。で、あなたさまは?──平戸へはおはじめてで?──そうそう、その別院の新築のお館《やかた》とやらは、何でもわざわざ江南の地よりはこんだ、えりぬきの大明竹《だいみんちく》をどっさり植えてあるそうで……。ひょっとすると、あなた様のお目当ても、その新館�大明亭《だいみんてい》�──いかがです? 図星でございましょうがな……」  どう答えていいものか──私は、きらきらとまぶしく光る秋の海を見つめながら、全身にどっと汗がふき出るのを我慢していた。 [#改ページ]  もはや弁明の気分も無く、ずるずると  題 未 定  第5回  そして、もう一度だけの仮題              「大明帝異聞[#「大明帝異聞」はゴシック体]」 [#改ページ]      21  平戸島東岸、薄香湾の奥の千光寺前の浜に便船がついた時、一人の壮漢が、浜辺の岩に腰をおろし、腕組みして大《おお》煙管《ぎせる》をかまえながら、何かしきりに興味深そうに水辺を見つめているのが眼についた。  総髪《そうはつ》を後にたばね、大縞《おおじま》の着物に前帯、繻子《しゆす》の脚絆《きやはん》に藁草履《わらぞうり》、腰簔《こしみの》と言う恰好《かつこう》で、何となく浦島太郎を思わせるスタイルだったが、容貌は乙姫様に腎虚《じんきよ》にされたようななまやさしい男とは見えず、陽やけした顔の道具は大ぶりで、筋骨たくましく、立ち上れば六尺近くあるのではないか、と思うほどの偉丈夫だった。  船板をふんで浜辺にあがりながら、その壮漢がいったい何をしげしげと見ているのかと一瞥《いちべつ》すると、彼の前の波打ち際に一羽の|はましぎ《ヽヽヽヽ》が、嘴《くちばし》を何かにつっこんでしきりにばたばたもがいている。 「はて、面白し……」  と、その男が、鴫《しぎ》を見ながら野太い声でうめくようにつぶやくのがきこえた。  はて……? と、こちらも首をひねった。──この情景、何だか一度どこかで見た事があるような気がする……。 「これは、森成太夫さま……」  と、同乗して来た、堺の茶商人という男が声をかけた。 「おう、柏屋どのか?」  壮漢は、ちらと眼をあげて、また水辺の鳥を見つめた。 「何を見ておられます?」 「むむ……」壮漢は岩でたたいた煙管の先でさした。「あれ見や……」 「ほう」と柏屋も面白そうに眼を光らせた。「�鷸蚌《いつぽう》(鴫と蛤)の争い�ですな。──�戦国策�にあるたとえが、まさに本当に起ろうとは……」  言われて私もやっとわかった。──鴫がなぜもがいているのかと思ったら、その長い嘴は、砂に半ばうずまった殻のさしわたし六寸もありそうな大蛤にがっちりはさまれている。  同時に私はショックをうけた。──何だか見た事がある情景だと思ったら、それは近松門左衛門作の浄瑠璃《じようるり》「国性爺《こくせんや》合戦」の一幕二場にそっくりだった。  歌舞伎では、幕開きの漁師の一団がひっこむと、序の波幕が切っておとされ、向う一面が海原と岩山の書き割、上手岩山の中足《ちゆうあし》、磯馴《そなれ》の松沢山にあり、下手芦原の見切り、すべて肥前平戸海岸の体《てい》、波の音にて道具おさまり、鳴物うち上げて大薩摩《おおざつま》になり、 [#この行2字下げ]※[#歌記号、unicode303d]……ここは肥前の松浦潟《まつらがた》、波路はるかに磯《いそ》千鳥、見渡す干潟《ひがた》すき返し、貝とりどりの面白し。  の文句の切れで、にぎやかな鳴物、波音とともに、漁師|和藤内《わとうない》、実は鄭成功《ていせいこう》が、今見ているのとそっくりの服装で、岩に腰かけ、その前につくり物の大蛤が相引《あいびき》で口を開き、そこへ鴫が差金《さしがね》でとんでいる、という情景のままでせり上ってくる……。  が──それは、七十年ものちの、大近松の想像の産物、その一情景が正保三年(一六四六)の平戸の浜に、そっくりそのまま実現していたとは思えないのだが……。  と、壮漢は、ぬうと立ち上ると、足をあげて、パッ、とからみあった鴫と蛤を蹴かえした。──拍子に蛤の口から鴫の嘴《くちばし》がはずれ、鴫は汀《なぎさ》をよろめきながら逃げて行く。 「おや……」と柏屋は眼を光らせた。「�漁夫の利�をおとりにならぬので……」 「ふ!」と壮漢は鼻で笑った。「……小せえ事を──」 「ところで、みなさまはもうお集りで?」 「いかにも……。お主を待っている。──ところで、そちらの御人は?──お連れか?」 「いえ、同じ船に乗りあわせただけで……、摂州《せつしゆう》のお方で、こちらは千光寺の栄波禅師をおたずねになるとか……」 「小松さまですか?」と、私の背後で声がした。「お迎えに上りました。──栄波禅師、お待ちかねでございます」  ふりかえると、黒衣僧体の男が立っていた。 「では、こちらもまいろうかい……」壮漢は、ひょいと柏屋の連れていた子供を肩にかつぎ上げた。「さあ、坊……行こうぞ」  身長はたしかに六尺ちかくあった。──だが、太陽と潮の香をのこして鼻先を通りすぎて行く横顔は意外に若々しく、二十代に見えた。 「あれは?」と私は僧体の男に聞いた。「森成太夫どのとかきいたが……」 「さよう……」と僧体の男はうなずいた。「森宗意軒どのの御養子で……」 「森宗意軒《ヽヽヽヽ》?」私はおどろいてききかえした。「あの、島原の乱の天草方の?──」  天草四郎時貞を盟主とあおぐ、天草島原のキリシタンの反乱は、この時から八、九年前の寛永十四年から十五年へかけてだった。──この時には、各地の牢人《ろうにん》もかなり参加し、中に小西行長の遺臣で、切支丹伴天連《きりしたんばてれん》の妖術・幻術をおこなうと恐れられた策士森宗意軒もくわわっているが、天草四郎は乱後とらえられて斬首《ざんしゆ》、森宗意軒はじめ中枢部も、すべて戦死しているはずである。 「で──森宗意軒は、まだ生きて、ここに……」 「さあ……それは知りませぬが、あの方は、名目上の御養子で、御実父は大明国のお方、母御は日本人でこの平戸の出でございます──」  それじゃやっぱりあの男が……と、私はあらためて、草深い斜面を子供を肩にして大またにのぼって行く壮漢の背を見上げた。  鄭成功!──明国の大海賊上りの海将、鄭芝龍と、平戸の田川氏の女との間にうまれ、名は森《しん》、七歳の時、韃靼《だつたん》(のちの清)に圧迫されて南方福建にあった明の唐王|隆武《りゆうぶ》帝に拝謁《はいえつ》して、明帝室の姓「朱氏」をあたえられ、「国性爺《こくせんや》」とよばれて、清に抵抗をつづけた日中混血の風雲児……。  彼がほんとうに鄭成功なら、この年まだ、十八歳か十九歳のはずだ。──さすが英雄豪傑はちがう。どう見ても二十六、七の壮漢に見える。 「で、あの方は……いつも千光寺に?」 「いえ、──ここから南へ山一つこえた川内浦《かわちうら》に、あの方のお館があります。したが、御父上とともに、しょっちゅう唐《から》、南蛮《なんばん》へ渡海されておりまして、あまり平戸におられないようで……今日は、千光寺にこの間落成しました�大明亭�で、何か寄合いがありますとか……」  緑濃い斜面に、千光寺の山門が見えて来た……。  千光寺の境内の奥にある、小さな塔頭《たつちゆう》の森閑とした奥座敷で、私は栄波禅師という老僧とむきあっていた。  この時代……つまり徳川三代将軍家光の時代から千年ほど前の、天智天皇十年、近江京の漏刻《ろうこく》台の二層目から、再び|時の回廊《タイム・コリドーア》におくりこまれる時、その時代のエージェント、|熊津 山 宮古《くまなれのむれのみやこ》と名のる男から、「漏刻《ろうこく》の三番目」へ行け、と言われた。──一挙に千年をおし流されて、十七世紀の大坂にあるタイム・ステーションにキャッチされた時、すぐ便船にのって、九州へ行くようにと指示された。行く先は肥前平戸……漏刻の三番目の容器の「平壺《へいこ》」と平戸をひっかけたものだろうが、その平戸の千光寺の栄波禅師という人物が、この時代の大もので、しかもどういうわけか知らないが、「スペシアル・エージェント」だから、この人に会え、と言われた。  で──右も左もわからないままに、兵庫から船に乗って瀬戸内海を西へ……島原の乱終了後八年、キリシタンの大弾圧時代も終り、参勤交替の制も地について、世はようやくおちつきかけていたものの、まだあちこちに、戦国、朝鮮役、関ヶ原、大坂の陣といった、うちつづいた戦乱の傷あとが残っており、凶悪な相の牢人が蓬髪《ほうはつ》でうろうろしている西日本を、それでも当代エージェントのつけてくれた案内人にともなわれ、肥前松浦までやって来た。平戸の渡しから先は一人で行ってくれ、と言われて、言われた通り船に乗って千光寺まで来たのだが……。  栄波禅師と名のる老僧は、小柄で、もう七十をいくつも越えているように見え、眼にかぶさるほどふさふさとのびた白眉《はくび》と、頤《おとがい》からまばらにはえた白鬚《しらひげ》と、鼠《ねずみ》色の粗衣を着てちょこなんとすわった所は、どうという事のない枯れた老人で──どうして彼が「スペシアル・エージェント」なのかわからない。 「あれが……」と禅師は口をもぐもぐさせながら、あけはなたれた縁障子のむこうを顎でさした。「�大明亭�じゃ。──作助が、去年|微行《びこう》して来て、大急ぎで墨をひきよった。今年の春落成して、本人は出来が気に入らぬか、見に来て一言も言わずにかえりよった……」 「作助って誰です?」と私はきいた。 「遠州じゃよ」と禅師は事もなげに言った。「小堀政一じゃ……。近江《おうみ》出の男で、美濃の泥の中で育った古田織部《ふるたおりべ》などとつきおうたゆえ、京、東国の、暗くしめった空の下で茶亭や庭をつくらせれば品が出るが、九州の陽ざしはちと強すぎ、明るすぎてな。どうもうまく行かなかったらしい。本人も、そこを気にして、福州にいる平戸一官(鄭芝龍《ていしりゆう》──鄭成功の実父)にたのんで、大明竹《だいみんちく》を多く送らせ、それを植えこんで、葉影で味を出そうとしたらしいが、それがそれ、とんだ計算ちがいで、南国暖国は、草木の色も強く明るいじゃろう。竹が葉を繁らせるのを見て、かえってがっくりしたらしい」  なるほど、言われて見れば、いかにも柱離宮の設計者遠州好みらしい、すっきりして簡潔な直線の組み合せが眼下の棟や柱にあらわれているが、おいしげった竹の葉の、黄の勝った、まぶしいぐらい明るい緑と、鼠色の甍《いらか》の対比がもう一つだ。崖《がけ》一つ下の建物の中で、人の動く気配がする。 「しかし、九州平戸に小堀遠州の建物というのは珍しいですね」と私は言った。「これは、あの……後代《ヽヽ》に残りますか?」 「後代──といって、|どちらの歴史《ヽヽヽヽヽヽ》の後代じゃな?」といって、老師は歯のぬけた口を開いてからからと笑った。「あんたらの知っている歴史では、遠州がこんな寺に、建物を建てたりはせんよ。したが、|この《ヽヽ》歴史では、後代に残って、昭和四十年代に重文指定をうける……」 「じゃ、大変だ!」と私は叫んだ。「も、もう、ここでは�歴史�は変っちまってるんですか?」 「|変った《ヽヽヽ》?」老師は、たれさがった白い眉毛の下から、ぴかり、と眼を光らせた。「変ったと言うて、何が変ったのじゃ? あんたは、|もう一つの《ヽヽヽヽヽ》|歴 史 線《ヒストリー・ライン》の未来からこられた。だから、その歴史知識から見れば、|この《ヽヽ》歴史が、�歴史�に対して変っているように見える。だが──どちらが正しくて、どちらが変っていると、なぜ言える? こちらの歴史線から見れば、そちらの方が、�変っている�のではないかな?」 「ええ、でも……」私は、若干混乱しかけた頭の中で、言葉をさがした。「私は、その……私の責任で、私の知っている歴史とはちがう歴史線ができかけているから、それを自分の責任において、|もとへもどせ《ヽヽヽヽヽヽ》、と言われて来たんですが……」 「ほんとうにそう、|言われて《ヽヽヽヽ》来たかな?──あんたがそう思いこんでいるのではないかな?」  そう言われて見ると、自信がなかった。──ただ、M市自宅の近所で出あった「円盤宇宙人」も、ホノルルのレストランであったベンという男も、また天智朝の近江京であった宮古も、みんな私を責めた事はたしかだ。──「あんたのおかげで、とんでもない厄介な事になっちまった」と……。 「じゃ、その……私はどうすればいいんで……」 「こいつは何だか──あんたならむろん知っていなさるじゃろ?」  そう言って、老師は、背後の袋戸棚の戸をがらりとあけた。 「|テレビ《ヽヽヽ》ですね!」私はびっくりした。「あの……家光の時代に、もうテレビがあるんですか? これも、あの……�歴史の狂い�ですか?」  老師は返事をせずに、ぱちりとスイッチを入れ、どこかをいじくった。──ひどく不鮮明な、二重にダブった像がうかび上った。 「別に、この時代にテレビ放送や受像機があるわけじゃない。これは、わしが特別に持ちこんだ私物《ヽヽ》じゃ……」と老師は言って画面を指さした。「ここに、ほれ、像が二重にダブっとるじゃろう?──どっちの像が本もので、どっちの像がにせものじゃ?」 「さあ、それは、あの……」 「|あんたのせい《ヽヽヽヽヽヽ》で、今、�歴史�がこうなってしもうとるんじゃ。どちらの像もゆがんで、ずれている。──だからこうしてやればいいんじゃ……」  老師はまたどこかをいじくった。──ゴースト、というよりも、カメラの距離計があってないように、二つにずれていた像がぴしゃりとかさなって、鮮明な像になると、とたんに音声がとび出して来た。 「しからば、幕閣の大勢は、隆武帝親書によって、出兵にかたむいたと?」  と、明服《みんぷく》を着ているが、どうやら日本人らしい、月代《さかやき》をそり、髪を茶筅《ちやせん》に結った、眼光鋭い痩身《そうしん》の五十男が言った。 「いかにも……。将軍の臨席をあおいでの台閣の密議に、大老酒井殿、老中松平殿、阿部殿、ならびに御三家の方々、すべてこの際、韃靼《だつたん》に圧迫をうける明《みん》王室を助けるべく出兵すべし、との強硬意見でございます。すでに、昨年暮の援軍請求の書面により、柳川の立花宗茂《たちばなむねしげ》、京都所司代の板倉重宗《いたくらしげむね》も、出兵の準備にとりかかっており、今回の唐王親書により、紀伊|大納言《だいなごん》どのは諸国の牢人十万をあつめたいとおおせられ……」  喋《しやべ》っているのは、柏屋と名のるあの茶商人だった。──一くせありげな男と思ったが、明室唐王隆武帝の、救援を乞う親書をめぐっての最高幕議を知っているとは、やはりただのねずみではない。 「しからば、幕議はすでに決したと見てよいか?」と、白髪|白髯《はくぜん》の男がきいた。 「いや、それが、井伊掃部頭《いいかもんのかみ》一人が強硬な反対──島原の乱後、今は鎖国をかため、人心を安泰させて国内をかためる時だと主張してゆずられず……したが、その井伊どのは、おそらく間もなく、江戸城桜田門外にて、天草牢人と名のる、水戸どのの刺客《しかく》に……」  冗談じゃない!──と私は、�大明亭�の内部をかくし撮りしているテレビの画面を見ながらあわてた。「桜田門外の変」が起るには、まだ二百年ほど早すぎる……。 「むむ、ぬかりの無い事……。その吉報は、長崎奉行山崎権八郎のもとにとどめられている明の参将|林高《りんこう》のもとに、もうとどいておるか?」 「いえ、それは未だ……」 「林参将のもとへは、追っつけ知らせが行くだろう。──それよりこちらからは、福州城にあって、こちらの吉左右《きつそう》、首を長くして待っておられる親父どのに、一刻も早く知らせてやろう。そうと聞きゃあ、陣中の士気もあがるだろう」そう言いながらのっそり立ち上ったのは、鄭成功だった。「じゃ、ちょっくら、浜に足の早い便船がねえか、さがしてまいります。なに、すぐもどります……」      22 �大明亭�の中の密議のつづきを、ヴィデオ・テープにとるようにしかけて、栄波禅師は袋戸棚を閉めた。  私は呆然として、廊下のむこうに見える大明竹の繁みにうまった甍《いらか》を見つめた。  たしかに──この正保三年は、北支中原をおさえて、なお明朝残党にきびしい攻撃をかけつづける満洲族|清《しん》に対し、福建による明王族の唐王(皇帝に即位して隆武帝といった)からの日本の救援軍派遣要請をめぐって、ようやく三代をむかえた徳川幕府中枢が、ゆれにゆれた時代だ。──すでに前年末、唐王を擁する将軍鄭芝龍の部将|周崔元《しゆうさいげん》の名で、救援要請の手紙が林高によって長崎にとどけられ、幕議は一応、唐王親書か、宰相《さいしよう》の名で申し入れがあれば、考慮する、という事で林高をかえした。しかし、この時早くも、柏屋左平次が言っていたように、朝鮮の役の時の碧蹄《へきてい》館の猛将、柳川藩主立花宗茂や、京都所司代板倉重宗は、再び海外派兵ありと見こんで、出兵の準備を指示している。  そしてこの八月、再度、今度は唐王隆武帝の親書と、鄭芝龍の請援の手紙がとどけられ、幕閣は、前回の事もあり、今度こそ大きく「救明倒清」の海外出兵に大きく傾いたが、これは井伊掃部頭《いいかもんのかみ》直孝の強硬反対にあってもたもたしているうちに、十月──つまり今《ヽ》私がいる時点から一月のうちに、長崎入港の唐船から、福州城|陥落《かんらく》、唐王、鄭芝龍亡命の報がはいって出兵は沙汰《さた》やみになるはずである。なぜか井伊直孝は、明の方策が、日本を甘言をもってひき入れながら、所詮《しよせん》は「夷《い》を以て夷《い》を制する」策略にすぎない事をよく知っていた。──一つには、彼の所領彦根には、朝鮮からの情報がよくはいった。前年、秀吉の侵寇《しんこう》に疲弊した李氏朝鮮は、つづく清の北方からの攻撃をささえきれず、ついに和を請《こ》うて朝貢《ちようこう》をはじめた事が、井伊直孝の「対外慎重論」の背景を形づくったのかも知れない。  いずれにせよ──もう読者はよくご存知のように──この時、一六四六年の時点において、「大陸出兵」はついになされなかったのである。そして、このあと、唐王、鄭芝龍は清軍に捕われて死に、芝龍の子鄭成功が、ゼーランディア城のオランダ人を追って台湾により、大陸海辺をあらしながら、度々日本に救援出兵を請うても、「鎖国」を方針とさだめた台閣はついに無視しつづけ、かえって朝鮮を通じて清と国交をはかり、国内的には元禄から文化文政への泰平|爛熟《らんじゆく》社会を実現して行く。  しかし──思えばこの正保三年九月というのは、実に微妙な時期なのだ。八月に唐王の親書がとどけられ、台閣閣議は大きく出兵に傾いていた。もしこの時、出兵反対派の筆頭井伊直孝が暗殺《ヽヽ》にたおれたら……日本は、慶長の役以来、五十年ぶりで、再度海をわたって大陸へ大出兵を行なうかも知れない。そうなればかたまりつつある「鎖国」の方針は大きくくずれ……その後の日本、東アジア史は一体どうなって行くだろう? 「どうしたな?」栄波禅師は、けろっ、とした顔できいた。「まあそんな深刻な顔をせず、茶でも上らっしゃい。本邦喫茶発祥の地の、煎茶《せんちや》など、また結構なものじゃよ」  すすめられて、小さな瑪瑙《めのう》の煎茶|茶碗《ぢやわん》で香り高い茶を舌にのせながら、私はしかし、一向に屈託が晴れなかった。 「このままじゃ、どうやら徳川幕府による第三次大陸出兵ですね……」と私はつぶやいた。「いや──白村江《はくすきのえ》から数えると、第四次《ヽヽヽ》になるのかな?」  言ってしまってから自分でおどろいた。──私がほうりこまれた天智朝は、白村江出兵の直後、壬申《じんしん》の乱の直前、そして、今《ヽ》はまた、「正保外征」がおこるかどうかという微妙な時期だ。──天下分け目の関ヶ原から四十六年、大坂夏の陣から、ちょうど三十一年……「戦後三十年」たって、国力は充実してきた一方、鎖国、諸法度による「徳川永久政権」がかたまりかけ、国内諸大名、諸武将は、このまま「忍従平和の二百年」をむかえるか、それとも再度、動乱を海外にもとめて、「勢力組みかえ」のチャンスをはかるか、これまた微妙な時期にさしかかっている。「やるなら今」かも知れない。──もう五年あと、慶安四年の家光没年に起る「由比正雪の乱」など、すでに「喧嘩《けんか》すぎての棒ちぎり」以下の事件で、むしろ徳川体制をかためるのに役に立った、不様《ぶざま》なゲバルト未遂にすぎない。 「で、その……」  茶を飲み終って、──私《ヽ》は何をしたらいいんです? と聞こうとした時、禅師は、ちょっと首をのばして崖下を見た。 「ほう……柏屋が出て行くの」そう言いながら、再び袋戸棚をあけた。「残るは二人……となると、あの二人が何を話すか、こりゃ聞きものじゃて……」 「柏屋は行きましたぞ……」  と盗み撮りテレビの中でも、白髪白髯の老人が、障子をあけてのぞきながら言った。 「まだ子供が、隣座敷におろう」  と明服の眼光鋭い男が用心深く言った。 「よく寝ておざる。……大事ござるまい」と白髪の老人はちょっと隣室を見た。 「柏屋はどういうつもりか……。いつもあの子を連れておるが……足手まといになろう」 「|やもめ《ヽヽヽ》で、家におくのも不愍《ふびん》なのでおざろう。何でも、実の子ではなく、主筋のものを養っておるのだとききましたが……利発そうな子じゃ。あのくらいの年から、いろいろ広く見聞きすれば、末は大器になるやも知れぬ」そう言って、老人は座にもどった。「さて──南木官どの……。いよいよ御大望を聞かせていただいてよいころかの……。日本の出兵は、ほぼこれできまった。九州の、島津、細川、黒田、鍋島、それに立花や毛利の諸侯も、脾肉《ひにく》の嘆《たん》をかこっておれば、雀踊《こおど》りいたそうず。紀伊大納言も、渡海戦となればはやりにはやり、奥州の伊達《だて》、加賀前田も海が再び開かれれば、じっとしてはおられまい。まいて此度《このたび》は、将軍自ら、出兵の総帥とならん大勢じゃ。闘って勝ち、明土に威光がかがやけば良し、勝たずとも、幕閣の中には、初代、二代とつづいて、三代将軍にも、一度は大軍を実際に指揮する経験を味わわせたがよいとの意見もあり、負けたとて、弱まるは九州|外様《とざま》諸藩、諸国|牢人《ろうにん》……キリシタンの残党を、唐土に領地、天主堂をと、恩賞で釣って、つりすてにいたさば、これは何よりの大掃除……」 「いや、宗意軒どの──それでは話が小さい……」  にやりと、明服の男が笑って言うのを聞いて、私は肝《きも》をつぶした。──それなら、あの白髪の老人は、やはり小西の遺臣森宗意軒か? 島原の乱で戦死とされながら、やはり生きのびていたのか?──それにしても、自身キリシタンであるはずの宗意軒が、転向《ころび》はしたが、まだまだ数の多い、潜在的信者を、「天主堂で釣って、つりすてにする」などと言うのは、どう言うつもりだろう? 「幕府出兵とならば、これはたしかに海内《かいだい》の一転機になろう。──したが、明王を救けて中原を復興する事に手を貸すなど、いらざる事……。長江を境《さかい》として、南を明土とさだめて、護りをかため、江西、湖南より四川の南に、清軍を入れさせないようにする……」 「蒙古《もうこ》侵寇のころの南宋じゃな……」と森宗意軒はちょっとふしぎそうに言った。「それでは、小さいと言われたわしの策より小さいようだが……」 「まず聞かれよ」と南木官とよばれた男は言った。「四角四面の二代将軍秀忠没し、権僧|金地院崇伝《こんちいんすでん》も天海《てんかい》もすでになく、島原の乱で、キリシタン信者が死にものぐるいになれば、三万七千の百姓兵で、十二万の幕軍をよくささえ得る事を知り、幕府内部に若干の動揺はある。動揺すなわち、右せんか左せんかで、これから先、ますます禁制を強くするか、ゆるめるか、いずくの方にも傾き得るものだ。──われに一策あり、人を介して、禁制はそのまま、ただ、布教ぬきの、南蛮船の来訪、とりひきだけをややゆるめさせる。此度《このたび》の渡海、またもっけの機会だと思われぬか?」 「よかろう。──それで?」 「此度《このたび》の軍《いくさ》、海を渡っての事ゆえ、文禄、慶長の役の如く、日本一国では息がつづかぬ。また南蛮《なんばん》諸国紅毛人に、海路をおびやかされぬためにも、と幕閣をといて、ルソンのエスパニアの奉行、マカオのポルトガル代官、バタビアのオランダ南蛮総督にも、参加協力を求める。さらに明土においては、福建の唐王と、さらにその南、広西による桂王と手をむすばせ湖南、貴州、長江の南西をがっちりかためさせる。雲南にはシャム王の出兵をうながせば、いかな韃靼《だつたん》軍とてはいってこられまい。そのうち、清について明王族討伐を行なっている明の諸将もまた、続々と寝がえるであろう」 「したが、オランダ、ポルトガルはともかく、エスパニアが話にのるかな?」と宗意軒はうめくように言った。「わしの見たところ、イエズス会の狂信的なバテレンはともかく、国としてのポルトガル、エスパニアの時代は終りつつあり、むしろエゲレスこそ、と思うが……」 「いかにも……されど、|今は《ヽヽ》、エゲレスはだめだ。国内に、キリシタンの新しき宗門の頭、クロンウェルなる猛将が出て、王派とわかれて、内乱のまっ最中──去年は、ネスビなる所で、王の軍をやぶり、意気はあがったが、とても海外にまで手を出せまい。まあ、キリシタンの国の一向一揆《いつこういつき》だ。この内乱のため同宗の国、オランダとの間に、みぞができはじめている。エスパニアはもとオランダを領して、いわば仇敵《きゆうてき》同士だが、そこは出先、オランダを利益でつって、まずポルトガル、ついでエスパニアの南海諸将をとけば、できない相談ではあるまい……」  こいつ、よく知ってやがるな……と、私は思わず舌をまいた。  たしかに現在、イギリス国内では、チャールス一世と議会派との間に内乱が進行中だ。──最初国王軍が勝っていたが、オリヴァ・クロンウェルが議会軍の指揮をとってから議会がもりかえし、やがてチャールス一世の首を斬って、清教徒革命が起り、イギリス史上めずらしい独裁暗黒政治の期間が訪れる。オランダは新教国として、イギリスと友邦だったが、クロンウェルになってから、イギリスは急にオランダを圧迫しはじめ、ついに航海条令をもって「第一次|英蘭《えいらん》戦争」に突入して行くのだ。 「しかし──南蛮諸国との同盟は、表向きの事、本筋は、将軍を動かし、もっぱら外様雄藩をもって、南蛮より南海諸島、マライ、ジャバ、シャム、カンボジア、安南、フィリピン、台湾、アンボイナをふくむこのあたり一帯の�宗主権�を、この日本がそっくりいただく……」  うむ!──と森宗意軒がうなった。 「まるで、正保版�大東亜共栄圏�だ……」とテレビを見ていた私もうなった。「あの男は、いったい何ものです?──日本人ですか?」 「父は日本人、母は中国とポルトガルの混血じゃな」と老師は黒砂糖の塊《かたま》りをしゃぶりながら言った。「今は、明将|洪承 疇《こうしようちゆう》の帷幕《いばく》にある秘密工作員じゃ」 「洪承疇ですって?──そんなバカな!」と私は思わず叫んだ。「だって、洪承疇は、呉三桂《ごさんけい》とともに、清軍北京入城以来の清の手先で、今の今、自分の故郷福建にたてこもる唐王と鄭芝龍を攻撃している最中じゃありませんか!」 「そりゃ、あんたが、明国人というものを知らんからじゃよ」禅師は口をぺちゃぺちゃ言わせながら憫笑《びんしよう》した。「寄手《よせて》の大将洪将軍は、日本が出兵ときまれば、いつでも唐王側に寝がえる用意がある。清軍もそれを恐れて、むろん手を打ってはいるが、洪将軍の腹は�大勢�につく気じゃ。そのための打診にあの男が派遣され、同じキリシタンの森宗意軒を通じて、鄭成功とはかり、�日本参戦�を工作した。洪将軍も、�ねがえり�の口実を求めているので、日本の参戦を強く希望している……」 「しかし、あの……」 「ああ、�南海を頂く�というやつか?──あれはあの男が、これまた洪将軍や唐王、鄭芝龍とは別に独自に持っている�構想�じゃが……」 「おどろき入った計略だな……」とテレビの画面で宗意軒も嘆息した。「その事、柏屋にはむろん、鄭成功にも話してはあるまい」 「まだ、機会《おり》ではないからな……」と南木官は薄く笑った。「この秘策──実は、豊公よりも、織田信長公の御考えに基づく。わが祖父より度々聞いた織公の雄図、本能寺の逆でむなしくなられたが、祖父が度々嘆息するには、織豊《しよくほう》二代につかえてみて秀吉公は所詮《しよせん》日本一国の人、されど信長公こそは、もし生き長らえたまわば、大明王、エスパニア王におとらぬ、海内一円に覇《は》をたてる器《うつわ》だったと……」 「へえ、すると、あの男の祖父さんてのは、織豊政権につかえたんですか?」 「それも側近の一人でな」と禅師は指を一本一本しゃぶりながらうなずいた。「あれの父親は、慶長十三年にバタビアへ移民した六十八人の日本人の頭で、大坂の楠市右衛門──実はこの市右衛門の父親が、信長、秀吉、二代に祐筆《ゆうひつ》としてつかえた楠木正虎《くすのきまさとら》じゃ。市右衛門は庶子《しよし》だったが……知らんかな? 伊勢にあって、足利将軍の代には大饗《おおあえ》正虎と唱えたが、きこえた能書家で、信長に見出され、足利幕府滅亡後、楠木正成の子孫と称して、楠木姓を復し、正四位下河内守《しようしいのげかわちのかみ》、のちに式部《しきぶ》法印となった。あの男は庶流《しよりゆう》ながら、その祖父を知る孫で、倭名楠木市虎──のち、浙西にわたったが、五カ国語ができる」  何だかげっそりした。──どこまでが、私の知ってる「正史」で、どこから先が「狂った歴史」か知らないが、とうとう南北朝の英雄楠木正成の子孫まで出て来て、�大東亜共栄圏構想�を説くのだから……。もっとも楠木氏はふしぎな一族で、楠木正成自身、単なる河内の一土豪ではなく、戦略戦術に長《た》けた武将のみならず、大変な読書家能書家であったし、後醍醐《ごだいご》天皇に「宋学」を講じて、大義名分「尊皇賤覇《そんのうせんば》」といった考えをふきこんだ玄慧《げんえ》法師と、その子祖曇も、この一族だったというから、その子孫にこういうとんでもない大構想が出て来ても不思議ではないかも知れない。 [#図(img¥171.jpg、横×縦)] 「それで、どうなるんです?」と私は栄波禅師にきいた。「本当に、あの南木官だか、市虎だかのいう通りになるんですか?」 「さあ、どうかいの?」はじめて老師はちょっと顔を曇らせた。「何しろ、ここは|歴 史 線《ヒストリー・ライン》がダブって、一種のゴーストが出ているだけなので、こっちの方をたどって見ると、どうなるのか、わしもよくわからんのじゃが……ちょっと�透視�をして見ようかの……」 「へえ──歪曲場ビームをつかわずに?」私は興味をひかれて、居ずまいを正す禅師の顔をしげしげと見た。「老師は、�未来透視�ができるんですか?」 「あたり前じゃ。わしゃ、うまれついての�超能力者《エスパー》�じゃぞ。──密教、禅の修行をつめば、誰でも、ある程度の�|透 視《クレアボイヤンス》�ぐらいでけるようになるが、わしのような、生得《しようとく》のESPが、きびしい修行をすれば、大ていの事はできるようになる。どれ、暫時静かにしておれよ」  盗視聴テレビのスイッチを切ると、栄波禅師は、その場で結跏趺坐《けつかふざ》して、大きく息をととのえ、禅定《ぜんじよう》にはいった。  そのまま、十分、二十分たち、やがて瞑目《めいもく》した禅師の、白いふさふさした眉毛の一方がぴくりと動いた。 「ほほう……これは……」と結跏した禅師は、突然おどろきの声をもらした。「これはおどろいた。──こんな事に……」 「どうなりましたか?」と私は身をのり出した。「今ここで、日本が大陸出兵すれば……南木官の言った通りになりますか?」 「やかましい! ちょっと黙っとれ!」老師はとてつもない大声で一喝《いつかつ》した。「今、その先の、ずーっと先の所を、観じているんじゃから……」  三十分たち、四十分たった……。ふと気がつくと、老師のしわ深い顔に、大粒の汗が点々と浮いていた。──しかも、その顔は土気色《つちけいろ》になり、肩が大きく上下して、喉は今にも息たえそうに、ぜいぜいと鳴っている。 「老師!」また一喝されるのを覚悟で、私は声をかけた。「大丈夫ですか? 老師……」 「たーッ!」と老師はカッと眼を見開いて、わめいた。「大変じゃ!──や、やはり、日本の出兵は、何としても阻止せねばならぬ! でないと、将来、えらい事になる。すぐ……すぐ何とかせねば……」 「だ、だけど、どうするんです?」  私はおろおろして腰をうかした。 「あの……南木官って男をどうかするんですか? それとも……井伊直孝の暗殺を、何とか阻止して……」 「い、いや……そんな事ではおっつかぬ……。まて、もう一度、真の�元凶�をさぐってみるから……」  そう言って、もう一度、気分をふるい起して、禅定にはいろうとした老師は、そのまま朽木《くちき》がたおれるように、がくっ、と前へつんのめった。 「老師!──|ろうし《ヽヽヽ》ました? いや、どうしました?」私は舌をもつれさせながら、老師をかかえ起した。 「しっかりしてください。今あなたに涅槃《ねはん》にはいられちまったら、これからどうしていいかわかンない……」 「あ、あの……違《ちが》い棚《だな》の上……薬籠《やくろう》の中……金色《こんじき》の丸薬、三粒……」  そうとぎれとぎれに言うと、老師はがっくり頭をたれた。その時最後に一言、ききとれないほどのかすれた声で、 「そうか……か、柏屋……」  とつぶやいていた。 [#改ページ] [#この行1字下げ]お待たせいたしました。とうとう最終回になり、やっと題名がきまりました。本作品の題を  題 未 定  第一回(通算第8回)といたします。 [#改ページ]      23  違い棚の薬籠《やくろう》をひっかきまわして、赤い紙に包まれた金色《こんじき》の丸薬をやっと見つけて、栄波禅師の食いしばった歯ぐき──何しろ老師は、ほとんど歯が無かったので──の間におとしこむと、しばらくして、かちかちにこわばった四肢がややほぐれ、土気色の顔にわずかだが生色がもどって来た。  だが、大粒の汗をうかべ、荒い息をついて、まだとても起き上れそうになかったし、口を開くのもつらそうだったので、私は横たわった老師の頭の下に適当な枕をあてがい、しばらくの間、その頭のまわりをうるさくとびまわる、よく肥った、でかい蠅《はえ》を追っていた。──蠅が、老師の、見事に毛の一本もない、つるつるぴかぴかの禿頭《はげあたま》にとまって、すべって脚でもくじいたらかわいそうだと思ったからである。  だが、蠅は、顱頂部《ろちようぶ》が十文字型にもり上っているビリケン式禿頭がめずらしいのか、執拗に着陸をこころみ、私の方も、禿頭に蠅がとまったらすべる、という伝説が嘘《うそ》だった事がわかったので、間もなく追いはらうのをやめてしまい、蠅は蠅で、念願かなって、つるつるぴかぴかの頭にとまれたので、大満足の様子で、手足に唾をはきかけては、急斜面を下ったりのぼったりしている。  蠅が、こんなにつるつるしたものに興味をもつなら、品種改良して、高層ビルのガラス拭きにつかったらどうだろう──などと、ぼんやり考えていると、ガラス拭きどころか、老師の頭に、ちょいと糞《くそ》をひっかけた。  こりゃいかん、とあわてて、傍《かたわら》にあった老師の中啓《ちゆうけい》をとりあげ、蠅目がけて、ぴしゃりとたたきつけると、老師は突然、がばとはね起き、 「無礼者!」  と、とてつもない声で一喝した。  あわてて、中啓をとりおとすと、老師はまたひっくりかえって、荒い息をつきはじめた。──蠅の方は、老師に一喝されてどこかへとんで行ってしまい、私は、なす事もなく、ただぼそっと老師の枕もとにすわりつづけた。  そのうち日がかげって、眼下の竹藪《たけやぶ》で、|ひぐらし《ヽヽヽヽ》がやかましく鳴き出した。  所在ないと、すぐテレビを見たがるのが、現代人の悪いくせだ。──それも、時代が十七世紀だから、無ければ無いで諦《あきら》めるのだが、「時間管理局」のスペシアル・エージェントという、栄波禅師の部屋には、袋戸棚にちゃんとテレビがかくしてあるのだから、虫がおさえきれない。  もっとも、眼下に見える�大明亭�の屋内をうつすかくしカメラにつながっていて、巨人阪神戦が見られるわけではないのだが、そんな事はどうでもいいので、とにかくテレビが見たくてたまらなかった。  袋戸棚をあけてスイッチを入れて見ると、ブラウン管には、再びすぐ下の、小堀遠州作という�大明亭�の一室がうつった。──南木官、実は楠木正成の子孫という楠木市虎と、島原の乱で戦死したはずの、小西行長の遺臣森宗意軒の対座している所へ、あの柏屋左平次という男が、再びはいってくる所だった。 「どこへ行っておった?」  自分たちが、鄭成功と柏屋のいないすきに、十七世紀正保版「大東亜共栄圏」構想などという、とんでもない密議をやっていたくせに、そんな事はおくびにも出さず、かえって中座をとがめるような口調で、南木官が眼を光らせた。 「いえなに……ちと気になる事がございましたので……」と柏屋は言葉を濁した。 「気になる事とは?」白髪白髯の森宗意軒がたたみかけて聞く。 「はい──実は、ここへまいります時、薄香よりの船で乗りあわせた小松なにがしという男、服装は儒者のようであり、南蛮《なんばん》商人のようでもあり、儒者にすれば人相に品が無く(ほっとけ……とテレビを見ている私はつぶやいた)、商人にしてはおちつきがなく、得体の知れない人物でございましたが……」 「それが、この寺へ来ておるのか?」 「はい──。千光寺へ、と言っておりましたので、ちょっと|かま《ヽヽ》をかけて、�大明亭�へお出でじゃありませんか、と言ってやると、なぜか、ぎっくりしたように、大汗をかきました」  ふむ……というように、けわしい眼つきになって、南木官は腕を組んだ。  ──やっぱり、|かま《ヽヽ》をかけたのか……と、私は鼻白む思いだった。  実を言うと、私自身は、ただ平戸千光寺へ行けと言われただけで、そこにまさか、小堀遠州のたてた�大明亭�なるものがある、などとは夢にも思わなかった。  だから、突然その名を聞いた時、どっと汗が吹き出したのは──言うまでもなく、「連載小説の題がきまらない」ばっかりに、妙な事件にまきこまれ、ハワイへ行ったり、七世紀の天智朝へ連れて行かれたり、またこの江戸初期正保年間の肥前平戸へ来たり、「歴史」の中をうろつきまわる破目になり、しかも行く先々で、|十セント紅茶《ダイム・テイ》だの大海帝《だいみてい》だの、「題未定」の語呂《ごろ》合せみたいな、何やら意味ありげな言葉に出くわすので、「大明亭」という名を聞いた時、あ、またもや……と思って、かっ、と体が熱くなったのだった。 「そやつは、今この山内におるのか?」  と森宗意軒がきいた。 「いかにも──この山内の栄波禅師の所にいるとか、小僧にききましたので、さっきちょっと、その栄波禅師のいる寸間《すんげん》庵という所をうかがってまいりましたが……」 「何をしておった?」 「何も……栄波禅師は昼寝をし、そやつは禅師の頭の蠅を追っておりました……」  さっき、廊下の方に、ちらと影がさしたような気がしたが、さては柏屋だったのか──と私は思った。──油断ならない世の中だ。 「その寸間庵は、このすぐ崖の上にあります……」  とテレビ画面の中で柏屋は顔を上げた。 「なに?」南木官はけわしい顔になった。「とすると、そこからわれわれをうかがっておるかも知れぬな……」 「ま、おちつかれよ……」と森宗意軒は腕組みをした。「小堀一政が、細川三斎(忠興・豊前《ぶぜん》小倉城主)の密命をうけ、肥後の細川忠利が与力してつくった大明亭だ。──めったな事に、うかがえはすまい」 「そうか──宗意軒どのには、肥後細川と浅からぬ縁があったな」南木官は苦笑した。「忠利は、島原の乱の功一級なれど、その陰にあって、天草方の軍師宗意軒が原城内から手びきしたとはな……」 「それを申されな。古きずがいたむ……」と宗意軒はちょっと頭に手をやった。「かけひきも軍略のうち……殉教《まるちり》なら、いつでもできようず……。天主《でうす》の軍隊《みいくさ》とて、軍師なくして勝てようとも思えぬ」 「お主、根からの武辺《ぶへん》じゃの……」と南木官は感にたえたように言った。「天国《はらいそ》の幻に酔いしれて、火につきすすむ狂える蟻《あり》の如く、ただいたずらに死を急ぐ百姓どもと、そこがちがう。そういう一揆《いつき》なら、唐土にも古くは黄巾《こうきん》の乱、ちかくは元末|白蓮教《びやくれんきよう》の乱をはじめ、数え切れぬほどある。が、死に急ぐ衆徒の後にあって、これをあおり、そそのかすものは、いったい神の使徒か、悪魔《さたん》の化身か?──おぬし、いったいどちらだ? 信ずる天主《でうす》のために、武辺をつかうのか。それとも逆に天主《でうす》はおぬしの武辺の口実か?」 「さ、どちらとも言えぬな。そこらあたりが、禅家で言う微妙《みみよう》の事だて……」ぬけぬけとした調子で宗意軒は言った。「一つ申さば……籠城中、城内をしのび出て、細川陣内にもぐりこみ、忠利どののお顔を間ぢかに見た時、ふと若い時見た、忠利どの母御《ははご》、お玉の方の事が思い出されての……」 「秀光院どのか?」南木官はあきれたように眼をむいた。「お主──惚《ほ》れておったのか?」 「いやいや……。老骨、もうかれこれ五十年の昔の事じゃ。先は、家柄権勢かくれもない、細川公の室、こちらはまだ十六の若僧じゃぞえ。──なれど、これも信仰の結びで、|がらしゃ《ヽヽヽヽ》殿を近う見た時は、まっこと、|まりあ《ヽヽヽ》の化身かと、足の爪先までしびれたわえ」 「で、そのお玉どのの忘れがたみ、忠利どのに軍功をたてさせようと……」 「戦《いくさ》はもう負け、とはっきりしておった。十重二十重《とえはたえ》にかこまれて、あとは総勢討死にまでに、どれだけ寄手に傷を負わせるか、だけじゃった。──降《くだ》って許されるわけではなく、どうせ雲仙の火口《かま》の中か、玄海の荒海で殉教《まるちり》……のがるる所は、天国《はらいそ》しかない。ならば、とりひきとて、忠利どのに軍功をたてさせ……」 「益田時貞(天草四郎)を討ちとらせたか」南木官は笑い出した。「それにしてもよく、忠利がお主の申し出を……」 「伴天連《ばてれん》じこみの幻術《あやかし》でな……陣中の寝所で、忠利どの四歳の時にわかれた母御どのの幻を見せ、わしにあうよう持ちかけたのよ」 「陋劣《ろうれつ》な事よの……」南木官はつぶやいた。「それほどまでして、救い出した益田の遺児を、どこのものとも知れぬ舟人にさらわれるとはの……」 「夢じゃわ……」と森宗意軒は、|熊谷蓮生 坊《くまがいれんしようぼう》のようにつぶやいた。「夢じゃ……現世《うつしよ》にあって、もはやこの身は死んだも同然、魂のぬけがら……その魂も、今ごろは天国《はらいそ》に行くはずがない故、|地 獄《いんふえるの》の鬼めにひきさかれておろう。忠義も夢……信心も夢……ここにはただ、武辺の幽鬼が、人の皮をかぶって座っておると思われよ」 「むむ……それこそかえってたのもしい……」と南木官はうなずいた。「ところで柏屋、あれなる寸間庵のあやしげな男とやら、何か手をうつほどの事がありそうか?」 「今の所、それほどの事は……」と柏屋は眉をしかめた。「さほどの人物とも思われませぬが──万が一にも総目付の息でもかかっておりますれば……」 「柳生か……」南木官は唇をゆがめた。「但馬守《たじまのかみ》は昨年始末したではないか。親父の手先になって、九州へんをかぎまわっていた十兵衛|三厳《みつよし》も、同じ病《やまい》をうつしてある故、今はあまり動けぬはず……遠州の命も来年までもつまい」 「したが、あの一族、油断がなりませぬ。肥後の室氏は、柳生と同じ菅公の血筋につながるとて、このごろ手をのばしております。島原の乱以後、柳生が九州に扶植した隠し目付は、ちとうるそうございまするぞ。──ま、手はうっておきましたゆえ、あやしいそぶりがあれば片づけますが……」 「鼠吏《そり》にかまってはおれぬ。そちらは柏屋にまかせる。──それより、この大明亭、明日よりひそかに、急ぎ大事の客をむかえる用意にかかれ」 「え?」柏屋はびっくりしたように、居ずまいをただした。「と申しますと?」 「十日前、秘密の使いがあって、唐王隆武帝、いよいよ鄭芝龍が侍《じ》して、高砂《たかさご》島を出帆し、こちらへむかうという報がはいった。──もとより、いざという時、大明帝《ヽヽヽ》をむかえるために、遠州にひそかにつくらせたこの邸じゃ。指図して十日あらば、手を入れて、要害にかわり、かつ中は、漢土皇帝の行在所《あんざいしよ》にふさわしいものにかわる。お主を堺から急遽《きゆうきよ》よびよせたもそのためじゃ。川内浦の平戸一官(鄭芝龍)の館に、什器《じゆうき》一切とり集めてある。お主、指図して、至急ここを大明帝の行在所にふさわしく飾り付けてくれい」 「あの……それなら……隆武帝には、もはや……」柏屋は口をぱくぱくさせた。 「この五月、福建の延平から汀州へ走る途中、あやうく清兵にとらわれかけたが、鄭《てい》将軍の船で、やっと高砂へのがれた……」 「げッ!」柏屋は大仰《おおぎよう》にびっくりした。「したが、その事はまだ、鄭成功どのには……」 「|謀 (はかりごと)は密なるをもってよしとし、まず味方をあざむかねばならぬ。森《しん》(鄭成功の幼名)はまだ若輩《じやくはい》、思慮がたらぬによって、その事を知らば、はしゃいでまわりにさとられるやも知れぬ。──悪いが柏屋、お主にも今の今までだまっていた。幕議がきまり、漢土出兵の事、将軍の決裁がおりるまでは、今しばし、この事秘中の秘とせねばならぬ」 「ちょっとお待ちくださいまし……」柏屋はふかぶかと腕を組んだ。「そうなると──これは大変でございます。ここ旬日がほど、剣の刃をわたるよりもっとあやうい思いをいたさねばなりませぬ。南木官どのがお耳に、その事がはいっておれば、その噂、別の方から幕府へ伝わるやも知れませね。掃部頭《かもんのかみ》は日ならず始末されるとしても、それまでに明帝福州を放擲《ほうてき》という報に接すれば、幕議は又もや傾きましょう」 「その事は鄭芝龍も心得ておるはず……。南方より当地にいたる船は、ことごとく彼が配下のものとし、オランダ船も、ここ一月ほどは、彼の海賊がおさえる手はずだ……」 「南はおさえても、北《ヽ》がございましょう」と柏屋は、さらりと眼を光らせた。「朝鮮は寛永十三年、島原の乱の前年に清太祖の征をうけて翌年くだり、その後度々叛を企てるも、王子を質にとられてふるわず、昨年ついに臣従の礼をとって、北京《ペキン》に朝貢《ちようこう》するようになりました。年号も清のそれをつかっております」 「朝鮮が幕府に通報する、というのか?」森宗意軒はひざをすすめた。「それはおかしい。日本、明帝を擁して挙兵の企てありと聞けば柳濯《りゆうたく》はじめ、朝鮮尽忠の士も起《た》ってこれをたすけるはず……」 「はて、宗意軒どのには、慶長の役《えき》の武勇談のみをご存知かと思われますが……しかし、北方陸続きの彼の地にあって、事大《じだい》の策は国土王室臣民を保全する上での已《や》む得ぬ方法──文禄、慶長の役に南から日本にあらされ、寛永年間北より後金(清)にいためつけられては、今はひたすら戦いを避け、疲弊せる国土の涵養《かんよう》をねがうは必定《ひつじよう》……。とあらば、日本に出兵の意図あらば、いかなる手段をつかってもこれを挫《くじ》こうとするでしょう。井伊殿には、すでにその工作がはいっているやも知れませぬ」 「したが、井伊は消すとすれば、幕閣内奥の秘事を知り、これにしかける筋はあるまいに……」 「実は、先ほどの宗意軒さまのお話をうかがっているうちに、ふとその事を思い出しました。細川三斎公の室、がらしゃ夫人お玉の方のほかに、もう一人の阿玉《おたま》の方の事……」柏屋は南木官と宗意軒の顔をこもごも見た。「将軍家三代家光公の愛妾《あいしよう》阿玉の方(のちの五代将軍、綱吉の生母、桂昌院)ただいま将軍のお胤《たね》を御懐妊中ですが、この方はもと京の八百屋仁左衛門の娘で、父の死後、母もろとも二条家臣の養女となり、鷹司《たかつかさ》家御息女の将軍家お輿《こし》入れの際、侍女として大奥へあがって、のちお手付きとなりました。この阿玉の母が、慶長の役のあと、朝鮮から連れてこられた女……そして、家光公との仲をとりもったのが、|春日 局《かすがのつぼね》と柳生宗矩《やぎゆうむねのり》……」 「但馬《たじま》が!」と宗意軒はうめいた。「これは油断がならぬ。あの大奥の奸女|阿福《おふく》(春日局)と、但馬が一枚かんでいるとなると……」 「しかも、その但馬守さまと、この上、寸間庵の栄波禅師が、小堀殿を通じて若干の交りがあった事は、どうお思いになります」と柏屋は庭を見た。「しかも──たった今、妙な事を思い出しました。あの栄波禅師、一介の画僧とのみ思っておりましたが、人によっては、林中にあそぶ鶏の絵を贈り、これが、他の画材にぬきんでての逸品ゆえ、人よんで�鶏林和尚《けいりんおしよう》�……」 「なに?」今度は南木官の顔色がかわったみたいだった。「そりゃ誠《まこと》か?」 「鶏の絵がどうしたか?」と宗意軒はきいた。 「お主、知らぬか?──�鶏林�は新羅《しらぎ》の別称だ」と南木官は言った。 「昔、新羅の解脱《げだつ》王、城西の始林中に鶏の鳴くをきき、たずねて一人の男子を得、城中に連れてかえって金閼智《きんおち》と名づけ、始林を鶏林と改めた。のち金閼智は新羅金氏の祖となり、鶏林は新羅の別称、さらに朝鮮の別称となった……」 「これはやっぱり……」と柏屋は溜息をついた。「すこしかんぐりすぎかとも思いますが……大事の前の小事、万一の事を|慮 (おもんぱか)って、寸間庵の二人、始末した方が安心でございますなあ……」 「やるなら島の外でやれ」と南木官は言った。「それも手早く……お前には、この大明亭模様がえに働いてもらわねばならぬ。それから──明帝が成られた時の護衛はどうするか……」 「神田連雀町にたのむのはどうだろう?」と宗意軒は言った。 「うむ!」と南木官はひざをたたいた。「由比正雪か。よかろう。あれなら門弟牢人を手足の如く動かせる」 「お二人とも、由比正雪をご存知で……」と柏屋は意外そうな顔をした。 「知るも知らぬも、あれはもともと、駿河《するが》由比宿の紺屋《こうや》の伜《せがれ》でな。太平記を読みふけって大妄想を抱くようになった。それに恰好をつけてやったのが、わしと宗意軒どのだ。あやつが楠木正成公の末裔《まつえい》と称しておる系図は、わしの系図を貸してやったもの。楠木流軍学は、森宗意軒どのじこみじゃ……」  南木官は呵々《かか》大笑した。 「これ、あまり大笑|召《め》さるな。子供が眼をさましたぞ……」宗意軒は隣室をのぞいて、南木官をたしなめた。「悧発《りはつ》そうな子じゃの、柏屋──いくつに相成る?」 「あけて、九つ……と思いましたが……。京で得た故、京助と名づけております」と柏屋は眼を細めた。「仰せの通り、親に似ぬ悧発《りはつ》もので、二歳で字をおぼえ、三歳で春秋の素読をはじめました。あの子を小柏《しようはく》と呼んでかわいがってくれました、明人の漢文師匠が、おどろいて�魯太史《ろたいし》�とよんでくれましたが……」      24  冗談じゃないや……と、盗視聴テレビのスイッチをきりながら私は思った──いろんな意味で冗談じゃない……。妙な事でかんぐられ、「大事の前の小事」てんで、明帝亡命の秘密がもれないように老師ともども「始末」されてたまるものか!  それに──「島原落城」のあとまんまと森宗意軒が生きのびた、という事さえあやしいのに、軍師《ヽヽ》の彼が細川忠利の手びきをして、総帥天草四郎の首を忠利軍にとらせ、その動機が、何と忠利の母、関ヶ原の戦いの時、石田三成の脅迫をうけて自害した細川がらしゃ夫人に、昔|憧《あこが》れていたためだというのだから、どうにもこれは、|ありそうな《ヽヽヽヽヽ》事に見えながら「狂った歴史」としか思えない。ごていねいに由比正雪までからんできた。  しかも、「正史」──という事は、私たちが知っている、|私たちの世界《ヽヽヽヽヽヽ》では「正しい」とされている歴史──では、唐王隆武帝は、福建の延平から汀州へ逃げる途中で、鄭芝龍《ていしりゆう》ともども清軍につかまり、その報が十月に日本にはいって、大陸出兵はとりやめになるのだが、|この歴史《ヽヽヽヽ》では、唐王と鄭芝龍は、汀州でつかまらずに洋上へのがれ、一たん台湾へおちのびて、来月あたりこの平戸へやってくるというのだから……ここから先はまったく、「正史」に対して、どう狂って行くかわからない。 [#図(img¥173.jpg、横×縦)]  これをどうしたらいいのか、私にはさっぱりわからなかった。まごまごしていると、柏屋の手先が「始末」しにやってくるかも知れないし、たのみとする老師は……。 「あ、老師!」私はふりかえって叫んだ。「もうおかげんはいいんですか?」 �未来透視�をやったために、心魂つかい果してぶったおれていた栄波禅師は、いつの間にかまた結跏跌坐《けつかふざ》し、瞑目《めいもく》していた。 「よくはない……」と禅師は眼をつぶったままもぐもぐ言った。「さっきの�予見�で、精気消尽した。わしはもうあとわずかで死ぬ……」 「死んじゃ困りますよ。──私一人じゃ何をどうやっていいかわからない」私はおろおろして禅師のそばにすりよった。「なんとか生きのびてください。救急車よびましょうか? カンフルはないんですか?」 「正保の世に、そんなものはあるものか……」 「だって──テレビがある」 「あれは特別《ヽヽ》じゃ……」 「どう特別なんです?」 「あれはわしが、|つくり出した《ヽヽヽヽヽヽ》からじゃ……」禅師はうるさそうに手をふった。「あつくるしい。あまりそばへよるな。──それより、もし、ここで日本が出兵という事になったら、そこから先の歴史がどうなって行くか、聞きとうないか?」 「そりゃ聞きたいにきまってます。どうなるんです?──あの南木官っていう、楠木正成の子孫とやらの構想通りに行くんですか?」 「まず、あの通りになる……」と老師はうなずいた。「南木官も動くが、|もう一人《ヽヽヽヽ》、重要な人物が陰で動いて、徳川諸侯連合軍は、鄭芝龍・成功親子を先頭に、オランダ、エスパニアの連合艦隊をひきいて、杭州湾に上陸する。そこで戦線は膠着《こうちやく》状態のまま、江南、湖南を明《みん》がささえ、東南アジア諸国、ヨーロッパ諸国で、巨大な経済ブロックができ、タスマンを中心に、諸族そろってオーストラリア、ニュージーランドの大開発がはじまる。──日本の牢人、各国の農民の流入がつづいて、オーストラリアは、北米合衆国より先に、大産業国家になる」 「こまるなあ……」私はぼやいた。「カンガルーやコアラは絶滅しますね」 「清は北部をおさえるために、ロシアと手をむすび、インドに圧力をかけて、包囲陣をかためる……」老師は息を切らせながら語った。「その結果として……二十世紀後半、第三次世界大戦によって�世界の終末�がくる。�歴史�はそこで終るのじゃ……」 「冗談じゃありませんよ!」私はとび上った。「そ、その二十世紀後半ってのは、いつごろですか?」 「一九七六年……」と老師は瞑目したままつぶやいた。「|十月はじめ《ヽヽヽヽヽ》ごろ……」 「大変だ!──それじゃぼくは、まだ生きてる! 何とかしなきゃ……」 「お前が死んだあとだったら、世界がどうなろうといいのか?」老師は大喝《だいかつ》した。「お前には人類愛が無いのか?」 「無いわけじゃありませんがね……」私は頭をかいた。「やっぱり──第三次大戦なんて、死んだあとに起ってくれた方がいいな。いや、その……とにかく起らない方がいいにきまってます。──それで、そんな方へ歴史をもっていかないためにはどうすればいいんです?」 「柏屋親子《ヽヽヽヽ》をたおせ……」と老師はぜいぜいのどを鳴らしながら言った。「一介の商人のように見えるが──あやつらが、実は幕閣を裏であやつり、南木官や宗意軒や鄭成功をそそのかし、日本出兵を実現しようとしている、本当の黒幕じゃ……。あやつらをたおせば、出兵はしばらく沙汰《さた》やみになり、そのうち、清より報せがはいり……さすれば、南木官も宗意軒も正雪も、歴史の中の一妄想家にすぎなくなる」 「柏屋|親子《ヽヽ》って……あのかわいい京助坊やもですか? いやだなあ──。それに老師はもうじき死んじゃうんでしょう? 小生一人じゃとても……」 「今、助手《ヽヽ》を出してやる……」老師はぐっと息を吸いこんだ。「わしの最後の�超能力�をふりしぼって──これをやったらとても生きてはおれん……」 「どうやって、その助手とやらを出すんですか?」 「|観念の具象化《ヽヽヽヽヽヽ》……」老師は言った。「だまって見ておれ!」  老師が、下腹に、むっ、と力をこめると、突然部屋の中がうすぐらくなった。──と見る間に、鶏の絵を描いた襖《ふすま》の向うが赤く光り出す。どこかで狂ったようにサイレンが鳴りひびき、まわりはバンバンボンボンという噪音《そうおん》にみたされた。  毒々しい火炎でこがされた空に、白煙をひいて対空ミサイルらしいものがのび上って行く。 ──天空に、ひゅうひゅうと不気味な音がひびいたと思うと、ものすごい閃光と熱風が横ッ面をうち、地平にむくむくと巨大なキノコ雲がいくつもわき上った。  核ミサイル戦争だ……�世界の終末�だ。……Doom's day だ……。  おろおろとして、そうつぶやいていた私は、はっと気がついた。──「題未定《だいみてい》」──その言葉は歪みに歪んで、ついに�|終末の日《ドウームス・デイ》�にまで変化するのか?──私が、|小説の題を思いつかなかった事は《ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ》、ついに「世界の終末」までひきおこすのか? 「老師!」私は思わず叫んだ。「|観念の具象化《ヽヽヽヽヽヽ》って言って……こんなものを具象化されちゃ困りますよ」 「いや──これは、�観念の具象化�じゃないよ。老師が息をひきとる前に、さっき�予見�した未来のイメージが、映像《ヽヽ》としてだけ、外にあらわれているんだ……」部屋のどこからか、声がきこえた。「老師の観念の具象化したものは──|おれ《ヽヽ》さ……」  とたんに、第三次大戦の像がふっと消えた。──老師は私の眼前で息たえ、部屋の隅に、全身まっ黒な男がひっそりすわっていた。 「|熊津 山 宮古《くまなれのむれのみやこ》!」思わず私は叫んだ。「君か?」 「ちがうよ。──おれは、あんたの助手《ヽヽ》で案内役《ヽヽヽ》さ……」まっ黒な男は言った。「名前は別にないんだ……」 「そうか──」私はほっと肩をおとした。「まっ黒な覆面と衣裳を着てるんで、宮古かと思った。体つきも似てるし……」 「これは覆面や衣裳じゃないんだ」と黒い男はたち上った。「老師が精根つかいはたしちまって、顔や服装を�具象化�する気力がなかったんだ。──とにかく急ごうぜ。もうじきここへ、柏屋の手先がさそい出しにくる。その前に裏山をつたって南へずらかるんだ。そして、今度はこっちが、奴を待ち伏せてやるのさ……」  千光寺から南へ、山一つこえた川内浦の平戸一官|館《やかた》──つまり鄭芝龍館の、秘密の地下倉庫へもぐりこんでごそごそやっていると、突然、ぎいい、と音がして、重い扉があいた。黒い助手は、いそいで懐中電灯の明りを消すと、物かげにひそんだ。 「肥った鼠《ねずみ》がいるようだな……」倉庫の荷物の間に立つと、柏屋はにやりと笑ってつぶやいた。 「小松さんとやらかい?」  ぎらっ、とギヤマン張りの龕灯《がんどう》の明りがこちらをむいた。──助手のやつ、どういうわけか、私の背中を、どん、とついてわざわざ柏屋の前へよろめき出るようにした。 「やっぱりそうか……」柏屋は笑いをふくんだ声で言った。「寸間庵へ行って見れば、栄波禅師はおめでたくなっていて手間入らずだったが、あんたにゃ逃げられたかと思った。船わたりに手配して、こっちはこの館の什器をしらべまわっていると、よりによってこんな所におひそみたあ……これであんたは、柳生の密偵《いぬ》か何かと、自分から吐いたようなもんだ。まさか生きてかえれるとは思っちゃいめえね」  最初は一官館に火をつけて、柏屋が青くなってすっとんでくる所を、火事場のどさくさにやっつけよう、というプランだった。──が、海賊あがりの荒くれが見張っていて、なかなか近づけない。そこで助手が入口を知っていた秘密地下倉庫に、細工しよう、という事になった。倉庫の入口は、一つは館内に、一つは藪《やぶ》の中にあり、私たちは藪の中からもぐりこんだのである。が──細工がやっと終った所で館内の入口の方から、柏屋がいきなり入って来たのだった。 「それにしても、鬼の館とよばれる一官館にしのびこむとはいい度胸だ」柏屋は、龕灯を傍《かたわら》の箱の上におくと、懐から、ぎらりと匕首《あいくち》をぬいた。「まあここで死んでもらえば、あと、詮索《せんさく》もあるめえ。覚悟しておくんなせえ。お宗旨《しゆうし》は何だ? 南無阿弥陀仏《なむあみだぶつ》でもアメンでも、好きなもんをとなえるがいい」  私の頭上で匕首が、ギラッ、と龕灯の明りをはねかえした。  その時、影の中からまっくろな影が分離して柏屋の背後からとびついた。のど首を扼《やく》し、匕首をもぎとろうとしたが、柏屋は見かけによらない馬鹿力で、一ふりでその黒い影を壁にはねとばした。 「気をつけろ!」壁にたたきつけられ、床にたおれながら助手はさけんだ。「そ、そいつはただの……」  そんな言葉をきいてるひまはなかった。柏屋はなおも匕首かざして悪鬼の形相でおいすがり、私は悲鳴をあげ、こけつまろびつ倉庫の中を逃げまわった。  助かったのは怪我の功名にすぎなかった。逃げながら、何かにつまずいた拍子に、たるんだ麻繩につかまってひっぱりながらどうとたおれた。──するとその繩の端が、つみ上げた荷物の間にはさまっていたらしく、重く頑丈な木箱が、追ってくる柏屋の頭上にもろに落下したのだった。  木箱の角が、柏屋の頭をずたずたにひきさくのを見て、私は思わず眼をつぶった。 「ガーッ!」  と柏屋は、野獣のような声で叫んだ。  反射的に眼を開けると、意外な事に柏屋の頭からは一滴の血もながれていなかった。──そのかわり、鋭い木箱の角で、頭のてっぺんから半顔、右腕へかけてひきさかれた下から、無数の金属パイプ、電線、鋼材がのぞいていた。  |柏屋はロボットだった《ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ》!  だがしかし、十七世紀の昔に、誰がこんな精巧なロボットをつくったのか? 「待て」かわいいが、凛《りん》とした大声がすぐ傍からきこえた。「よくも私の機械《からくり》人形をこわしたな。許さないぞ……」  龕灯の明りのはずれに、あのかわいらしい京助坊やが、雷管式の短銃をこちらへむけていた。 「あれをつくるのに、ライデン大学で、最高の時計師をつかって三年もかかったのだぞ」  |化け物《ヽヽヽ》だ……、と私はひざががくがくするのを感じながら思った。──突然変異《ミユータント》の超天才児《ヽヽヽヽ》……。 「ま、待ってくれ……」私は汗をかきながら、時間をかせごうとした。「京助坊や……。あんたは実は、私の分身《ヽヽ》の一人なんだ。そうだろう?」 「なんだと?」 「あんたは、明国人の儒者により、�小柏�とよばれ、�魯太史《ろたいし》�とよばれたんだってね。──柏屋の子供だから�小柏�かと思ったが……小柏の音は、�松柏《しようはく》類�の松柏《ヽヽ》に通じ、松と柏をいれかえれば、私と同じ姓になる。それに、左《ヽ》平次の息子|京《ヽ》助で、私のペンネームもはいってるしね。──それに�魯太史�っていうのは、孔子と同じ時代の魯の国の学者で、孔子の著書�春秋�を註し、�左氏春秋�という有名な書をのこした左丘明《ヽヽヽ》──この人の姓は、一般に�左�といわれているけれど、一説には�左丘《ヽヽ》�が姓だとも言われる。つまり、これは左京《ヽヽ》に……」 「何を言う。──私は島原の乱の総帥、益田四郎時貞の遺児、左兵実貞《さへいさねさだ》だ……」と|坊や《ヽヽ》は言った。「わが母は、天使《ヽヽ》なるぞ……。父の遺志をつぎ、南木官らをあやつって、南洋の地に神の国をつくるのだ。──邪魔だてすれば容赦はせぬぞ」  やれやれ……と私は思った。森宗意軒が原城攻撃、天草四郎討ちとりとひきかえにすくい出し、途中でさらわれたという天草四郎のわすれがたみというのは、この京助坊やだったのか……。 「逃げろ!」と突然背後から黒い影がささやいた。「しかけたぞ。──歪曲場ビームの支線《プランチ》は、おれたちのはいって来た地下道にひっぱって来た。あと一分で……」  そう言うと、助手は、何かを京助坊やの背後に投げた。──はっと後をむくすきに、私は脱兎のように、もとの入口の方へ走った。  ガーン! と後で、短銃の発射される音がした。──それはこちらのとんだ誤算だった。京助坊やも、まだその秘密の地下倉庫が火薬庫だったという事を知らなかったらしい。助手がしかけた導火線の一分を待たず、十秒ちょっとで大爆発が起り、私は闇の中にふっとばされた。 「やれやれ……だな」と助手は言った。「だがもうこれで、ほとんどはもとのさやにおさまった。あと、ほんの一部をきちんとやれば、何も彼も、もと通りになる。──よくやった、と言うべきか、御苦労さまと言うべきか……」 「だが、何だかねざめが悪いや……」と私は言った。「あの子をふっとばしたと思うと……」 「子供と思うな。怪物《ヽヽ》と思え……」 「だけど、これでいろんな事がもとのさやにおさまるとしても……」私は|時の回廊《タイム・コリドーア》の中を歩きながらつぶやいた。「いったい、|なぜ《ヽヽ》こんな事が起ったんだ?──そいつがもう一つよくわからない……」 「そりゃあんたが、ズボラで、連載がはじまろうというのに、題もきめず、アイデアもかためられなかったからさ……」 「夏風邪をひいてて、本当に調子がおかしかったんだよ」と私は抗議した。「しかし、だからと言って、なぜ……」 「考えてもみなよ、この事件を……。この中には、SFの中でとりあつかうテーマがほとんど出て来ているじゃないか。──|未来から来た《ヽヽヽヽヽヽ》手紙……円盤と宇宙人……次元のとびこえ……タイム・スリップ……時間旅行《タイム・トラベル》……並行世界《パラレル・ワールド》──乃至《ないし》は|並行 歴史《パラレル・ヒストリー》……超能力……ミュータント……ロボット……みんな、あんたが、連載SFのアイデアをなんとかしぼり出そうとして、苦しまぎれに考えたテーマばかりだ……」 「そりゃそうだが……。だけど、どうして、そんなものの次から次へ出てくる事件に、おれ自身がまきこまれなきゃならないんだ?」私は顔をこすった。「なるほど、そういうテーマは、おれ自身SFの中でしょっちゅうあつかうがね──そんな事はまあ、|現実に起り得ない《ヽヽヽヽヽヽヽヽ》事ばっかりで……」 「|そこ《ヽヽ》が問題だったんだな……」と助手は言った。「�小説�というものは、それ自体が一つの�フィクション�の世界で、本来|現実ときりはなされているべきもの《ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ》だろう。──ましてSFと来たら、まず現実に起り得ないような、荒唐無稽《こうとうむけい》な物語を、さも|現実に起ったように《ヽヽヽヽヽヽヽヽヽ》書く。それが、荒唐無稽でありながら、�現実に起ったように�感じさせるのは、フィクションの力であり、フィクシアスな�首尾一貫性�だ。──ところが、あんたは、題がまだきまらないため、そこん所をいつまでたっても|生煮え《ヽヽヽ》のままで、いつまでも苦しんで、苦しみながら、時間が来て小説をはじめちゃった。そこでどういう事が起ったかというと──フィクションの中で、荒唐無稽な事が起るんじゃなくて、|現実そのもの《ヽヽヽヽヽヽ》が、荒唐無稽になり出した……」 「すると……つまり�観念の具象化�が起ったのか?」私はぎょっとした。「おれの苦しまぎれの妄想が、実際の歴史の中で具体化した……いや、それとも……」 「本来、作者の|外に《ヽヽ》あるべきフィクションの世界に、作者自身《ヽヽヽヽ》が、まよいこんじゃった、あるいはまきこまれていった、と言ってもいいな。──作者の|うみ出した主人公《ヽヽヽヽヽヽヽヽ》に解決させればいい、いろんな奇妙な事を、作者自身と、その分身《ヽヽ》が、どたばた走りまわって解決しなくちゃならなかった……」 「なるほど──。もうこりごりだよ。これから作品の主人公には、なるべく楽をさせよう。のんびりねそべって、酒のんで、美女にマッサージさせて、うまいもの食って、何も起らないで、しかも本人はちっとも退屈しないって話を書くよ」 「だけどそんなSF書いちゃ、読者の方が退屈して、あんたはおまんまの食い上げだぜ……」 「それでもいいよ──ところで、|もう一人のおれ《ヽヽヽヽヽヽヽ》は、|このおれ《ヽヽヽヽ》が、こうやってあたふた歴史の中を走りまわらなきゃ、連載を書けなかったんだろ?」 「ああ──あいつ……つまり|もう一人のあんた《ヽヽヽヽヽヽヽヽ》にしても、苦しかったろうよ。頭の中で、あんた、つまり自分自身《ヽヽヽヽ》が、次から次へ妙な目にあってくれない事には、小説の先がきまらなかったんだから……」 「それにしてもアン畜生《ちくしよう》!」私はうめいた。「|二カ月前のおれ《ヽヽヽヽヽヽヽ》め!──あいつがグズで、うかうか�週刊S�の連載なんかひきうけるから、おれがこんな目にあわなくちゃならないんだ。大体、連載がはじまろうってのに、題もきめられないなんて……」 「まあそう言うな──。題名がきまらないんで、やつもずっと気にやんでいるんだよ。その証拠に──出あう事件がすべて、�題未定�に関係してたろ」助手は�|時の回廊《タイム・コリドーア》�のまわりをながめた。「さて──そろそろ、�二カ月前のお前�に、例の手紙を書いてやれよ」  ふと気がつくと、�回廊�の戸口の一つは、私の自宅の書斎にあいていた。──書斎には誰もおらず、例によってズタズタボロボロのゲバ猫が、ソファの上で寝ていた。  私は原稿用紙をとり上げ、|二カ月前《ヽヽヽヽ》のグズな自分に対する腹だたしさをこめて、手紙を書いた。──まっ黒な助手は、そばにいて文面をのぞきこみ、いろいろ注意をした。 「それにしてもあんた、いくら栄波禅師の気力がつきたっていっても、眼ぐらいつくってもらったらよかったのに……」と肩ごしにうるさく言う助手にむかって私はぼやいた。「気味が悪いや。──よくそれで見えるな……」 「栄波禅師ってのは、根がやさしい人でね」と助手は言った。「いまわのきわにイラストレーターに、少しでも楽をさせてやろうと思って、かえって眼も鼻もない、まっ黒けにしちゃったんだ」 「ところで、今日は何日だっけ?」と私はきいた。 「一九七六年十月×日、とカレンダー時計に出てるな」と助手は言った。「|書いているお前《ヽヽヽヽヽヽヽ》は、いま九月十八日の朝十時にいる。徹夜で書いて、半ねぼけで最後の所を書いてらあ……」 「さあ、これでいいか……」と封をした封筒に表書きと裏書きを書いて──どちらにも同じ住所氏名を書くのはへんな気持だった──助手にわたしかけながら、私はひょいと思いついて手をひっこめた。「まてよ。|もし《ヽヽ》……この手紙を出さなかったら、どうなる? そうしたら──おれのドタバタははじまらないし、という事は、連載もはじまらないだろ? そうすると──おれはあんな苦労をしなくてもすむんじゃないか? いや……苦労はしちまったが……」 「その苦労の記憶も消えるさ……」助手は見えない鼻で笑った。「たしかに連載ははじまらない。はじまらなくてすむようになっている。もしこの手紙が、二カ月前のお前の所にとどかないと──お前は、苦しみぬいたあげく、ついに妙な歴史の歪みを起してしまう。……書けずに苦しんでいる最中、一九七六年の七月二十九日《ヽヽヽヽヽヽ》午前十一時、某国の超音速戦闘爆撃機が、兵器をつんだまま東京上空に侵入して、自衛隊機と米軍機に追跡され、撃墜されて、中央区銀座二丁目に墜落するんだ。そのため、�週刊S�を出している出版社はふっとんじまい、連載どころじゃないが、実はそれがきっかけになって、第三次大戦が起り、九週間後の、|十月はじめ《ヽヽヽヽヽ》、全世界に核ミサイルがふりそそいで、|今のお前《ヽヽヽヽ》も存在しなくなるんだから……」 「わかったよ……」私は、正保年間の千光寺で見た、おそろしいイメージを思い出してぞっとしながら封筒をわたした。「ところで──おれはこのままでいいのか? 九月十八日《ヽヽヽヽヽ》のおれが、あとから追っかけてくるんだろ?」 「大丈夫──弟がいつまでたっても兄貴の年齢におっつけないのと同じで、ギャップはそのままだ……。じゃ、これで……」  黒い助手が消えると、私はうんざりした気持で机の上に山とつまれた、原稿の督促状や、校正刷りをながめた。──まったく、やれやれと思うひまもないくらいだった。  封書を片っぱしから読んでいると、突然ドアの所に、またあの�回廊�の扉が開いて、助手があわてたようすで顔を出した。 「何だい? まだ何かあんのか?」私はつっけんどんにきいた。「もう勘弁してくれよ──ごらんの通り忙しいんだ」 「それどころじゃない。お前、おれの言った通り、�連載最終回までには、必ずきちんと題をきめろ。でないと、最終回分掲載誌の発行日前後に、とんでもない事が起る�って文面を書いたか?」 「書いたよ。あんたがあとからあとからいろんな事を言うから、つけたしつけたしになったが……」その時私は、ふと妙な事を思い出した。「待ってくれよ。──そう言えば、おれが二カ月前に、|今のおれ《ヽヽヽヽ》から来た手紙を読んだ時、そんな文面はなかったような気がするが……。PPSSで、�題は無理にきめない方がいいかも知れない�って文面だけはついていたけど」 「入れ忘れたんじゃないか?──よくさがしてくれ」 「しまった?」私はうめきながら、一枚の原稿用紙をとり上げた。「PPPSSS──第三信を入れ忘れた!」 「そりゃえらいこっちゃ!」助手のまっ黒な顔が少しあおざめた。「実はそこが微妙な所なんだ。もし題が最終回までにきまらないと……これは第三次大戦どころじゃない、えらい事に……」 「待ってくれ……」私はつんである週刊誌をひっくりかえして、「週刊S・十月四日号」をさがし出し、もどかしくページをくった。 「ああ、よかった!──|あいつ《ヽヽヽ》、ちゃんと�題�をつけているよ……」私は、ほっと大溜息をついたが、つづいてまた青くなった。「おい、こりゃ……どうなるんだい?」 �お待たせいたしました。……�  と私の作品ののったページに、麗々《れいれい》しく筆者の言葉が印刷されてあった。 �とうとう最終回になり、やっと題名がきまりました。  本作品の題を 『題未定[#「題未定」はゴシック体]』といたします� 「うーん……」と助手のやつはうなった。「�題未定�という題にきめた、という事は……題がきまったという事なのか……それとも、ついに、�|きまらなかったときまった《ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ》�という事なのか……」 「ところで──もし、最終回までに題がきまらなかったら……いったい、どんな事が起るんだい?」 「言えない……」助手は尻ごみしながら恐怖にみちた声で言った。「おれにはとても……言えないよ」 「そんな事言わずに教えてくれよ……」私自身も、何やら恐怖にかられて助手の腕をつかんだ。「なんだ。いったいどんな事が……」  助手はついに決心したように、突然私の耳に口をつけてささやいた。  聞くにつれて、私は自分の顔から血の気がひいて行くのを感じた。足もとの大地がくずれおち、へなへなと今にも床にすわってしまいそうだった。 「何だって……」私はやっとの事で、かすれた声でつぶやいた。「そんな……そ、そんな馬鹿な……そんなひどい話が……」 [#改ページ]  題 未 定  マイナス一回 [#改ページ]  初 出 「週刊小説」昭和51年8月16日号〜10月4日号  単行本 昭和52年2月実業之日本社より刊行 〈底 本〉文春文庫 昭和五十五年三月二十五日刊